第2話「命のほうが大事だから」

「うわぁあああああん! 振られちゃったよぉおおおおお!」


 吹雪に振られた姫花は、教室に戻った後、机に突っ伏しながら号泣していた。

 その両脇には、入学してからよく一緒にいる友達二人が、心配そうに見ている。


「だから言ったじゃねぇか、告白しても無理だって」


 最初に口を開いたのは、金色に染めたボブヘアーに、紫色を入れてメッシュにしている、口が悪そうなギャルだ。

 名前は神崎かんざき莉音りおんといい、度々先生から注意をされるのに髪色を直さない問題児だが、こう見えて友人想いである。

 男子には厳しく女子には優しいので、密かに彼女に憧れている女子たちは多かった。

 バレンタインの日には、男子を差し置いて大量のチョコレートが下駄箱に入れられているほどだ。


「ほんとだよ~。姫花ちゃんはこの学校のアイドルなんだから、もっと相応しい人間がいるもん」


 この、少し頭のネジが緩そうな感じでおっとりとしている女の子は、桐谷きりたに美玖みくといい、男子たちからかなり人気がある。

 髪は桃色に染めているツインテールで、童顔な顔付きをしているにもかかわらず、胸はグラビアアイドル並に大きい。

 身長は女子の中でも小柄で、姫花は若干妹扱いしている。


 こんな個性溢れる二人に囲まれている姫花だが、実は学校で一番人気があるのは姫花だった。

 姫花は女子の中でも顔が整っており、明るくて活発的なフレンドリーな性格をしていることで、学校のアイドルと呼ばれるほどに男女問わず人気があるのだ。

 髪は奇をてらわず、茶色に染めてパーマを当てている。


 この学校での人気で言うならば、男女両方に人気がある姫花が一番で、次に学校のマドンナと呼ばれる吹雪。

 そして、女子から誤解をされやすいが男子にはモテる美玖と、男子からは不人気だが女子には人気を博している莉音が、同率という感じになっていた。

 ちなみに、全員二年生になったばかりだ。


「だから、あんな冷たい人を相手にしたら駄目だよ~」

「えっ、今氷坂さんの悪口を言った?」


「「――っ!?」」


 ムクッと体を起こした姫花は、ハイライトを無くした瞳で美玖を見つめる。

 それにより、美玖と莉音は息を飲み、美玖は慌てて首を左右に振った。


「よかった、聞き間違いで。私、氷坂さんの悪口はさすがに許せないからね」

「だ、大丈夫……何も言ってないよ……」


 美玖はダラダラと汗を流しながら、笑顔で取り繕う。

 そして姫花の視線が自分から外れると、すぐに莉音の手を引っ張って距離を取った。


「み、美玖、られるかと思った……」

「俺はホラーかと思ったぞ……」


 先程の姫花の表情を思い出した二人は、ブルッと体を震わせる。

 本当に、身の危険を感じたほどだった。


「とりあえず、氷坂の悪口は禁止な?」

「んっ、わかっ――」


「――えっ、今氷坂さんの名前呼んだ?」

「「――っ!?」」


 コソコソと内緒話をしていたはずなのに、なぜか姫花が話に入ってきたので、二人は慌てて姫花のほうを見る。

 すると、ハイライトがなくなった瞳で、自身の席から美玖たちを見ていた。


「お前、地獄耳かよ!?」

「なんの話をしてたの?」


 莉音がツッコミを入れたが、姫花は気にせず近付いてきた。

 恐怖を抱いたのか、美玖は思わず莉音の背中に隠れて盾代わりにする。


 それによって莉音が文句を言いたそうに美玖を見たが、何か言うよりも早く姫花が口を開いた。


「なぁに? やっぱり悪口言ってたの?」

「ち、違うって……! つかお前、怖いからその目やめろ……!」


「え~? いつも通りの目だよ~?」

「全然違うから! ホラー映画から出てきたような目してるぞ!」


 莉音はダラダラと汗をかきながら、姫花を注意する。

 それによって感情が少し戻ってきたのか、姫花はゆっくりと息を吐いて目にハイライトが戻った。


「ごめんね、今ピリピリしてるの」

「いや、気持ちはわからないでもないけどよ……。俺たちに負のオーラを向けるのはやめてくれ……」

「そ、そうだよ……美玖、夜一人で廊下歩けなくなっちゃう……」


 よほど姫花の瞳がトラウマになったのか、莉音と美玖は未だに冷や汗が止まらない。

 実は二人とも、ホラーが大の苦手だったりする。


「そんなに怖かったかなぁ?」

「鏡で見せてやりたかったわ……」


 不思議そうに首を傾げる姫花に対し、莉音は苦笑いを浮かべる。

 それにより姫花は再度首を傾げるが、あまり興味はないのか、自分の席に戻っていった。


「人って、ピリピリしてたらあんな目ができるものなの……?」

「いや、あんなの姫花だけだろ……」


 張本人がいなくなったので、再び莉音と美玖はヒソヒソ話を始めたが、お互い納得いってなさそうだった。

 少なくとも、ハイライトを失った瞳などリアルで初めて見たので、誰にでもできることではないのだろう。


「この世で一番怒らせたらいけない人って、実は姫花ちゃんなのかも……」

「あぁ、俺もそんな気がする……。喧嘩は弱そうだけど、いざという時、何をしでかすかわからない怖さがあるよな……」


「地雷を踏んだらやばそうだよね……」

「少なくとも、例のあいつの話題はしばらくやめておこう」


 名前を出すと姫花が即座に反応してしまうため、莉音は名前を呼ばずに意思を共有した。

 当然話の流れから美玖も理解しており、コクッと頷く。


「美玖も、命のほうが大事だからね」


 こうして約束をした莉音と美玖は、姫花が切り出してこない限りは、吹雪の話題をするのはやめるのだった。

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