第55話
「ねえ君今暇?」
スマホで時間を潰していると、男が声を掛けてきた。
その声に反応して顔を上げる。
男は二人組だった。金髪、ピアス、ネックレス。如何にもナンパ師と言ったチャラチャラとした格好。既視感のある展開だ。
──ウザイ。
せっかくのデートの日にこんな下賎な輩に絡まれるとは。
心の奥底からふつふつと怒りが湧き上がってくる。
だが理性で何とか踏みとどまる。
落ち着いてあたし。このまま切れても前回と同じ轍を踏むだけよ。
あたしは自分にそう言い聞かせて頭を冷やすと──
「ごめんなさい。友達と来ているんです」
精一杯の笑顔を浮かべてそう言った。
「じゃあその友達も一緒でいいからさ」
ナンパの常套句。
「人見知りする子だから……」
「大丈夫だって」
赤の他人のあんたに何が分かんのよ!
腸がが煮え繰り返る思いだ。
耐えろ、耐えろあたし……八重島と約束したじゃない。
「ごめんなさい。そろそろ友達来ると思うから……」
「──ママ!」
すると少女があたしの胸に飛び込んで来た。
「何だよ子持ちかよ……行こうぜ」
「ああ」
二人はそそくさと去って行く。
流石に子持ちに手を出すのはマズイと思ったのだろう。
「よく我慢したな桐生」
その声に振り向いて八重島の顔を見ると心がポカポカと暖かくなる。
自然と安心しているあたしがいる。
やっぱりあたしは……
あたしは自分の気持ちを再認識すると──
「当たり前でしょ? あんたと約束したもの──」
満面の笑みでそう言った。
「そうか……」
八重島は面食らった顔をしている。
心なしか頬が赤い。
あたしはそれを見て、『してやったり』と歯を覗かせた。
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まさかあんな顔が出来るとはな。
俺はぼーっと桐生の顔を見つめていた。
「おーい玲奈!」
その声で我に返った。
「パパママ!」
花坂は感激の声を上げ二人の胸に飛び込んだ。
もうそんな時間だったか。
予め時間になったらここに来る様に両親役の二人には指示を出していた。
「あれ程一人で勝手に行動してはダメだと言ったではないか!」
「ごめんなさい……」
ションボリと落ち込む花坂。
「悪かった、パパが悪かった。そんな顔をしないでくれ」
側から見れば感動の再会に見えるが、全て演技だ。血の繋がった親子ではない。他人である。
「あれ、君達は?」
まるで『今気付いた』と言わんばかりにキョトンとした顔を見せる父親役の男性。
流石役者だな。
「お兄ちゃんとお姉ちゃんが助けてくれたの!」
「そうか、有難うね」
「いえ、当然の事をしたまでです」
「そうよ、あのままほっといても後味悪いしね」
「じゃあね、お兄ちゃん、お姉ちゃん」
花坂は手を振って去って行く。
「──あ」
だが花坂は途中で何かを思い出したかの様にこちらに戻ってくる。
「どうしたんだ忘れ物でもしたか?」
「うん、そんなところ」
花坂はそう言って俺の胸に飛び込んで来た。
「──お姉ちゃんを幸せにするんだよ」
そう耳元で囁くと花坂は両親の元に戻って行く。
やはりまだまだ子供だな……このデートが茶番だと見抜けないなんて……
「最後にあれに乗ってみないか?」
俺は観覧車を指でさす。
どのラブコメでも最後は観覧車と相場が決まっている。
「あ、あれって観覧車じゃない……!」
「そうだが?」
「まさかあんた……密室なのを良い事に……あたしに……え、えっちな事する気じゃないでしょうね……?」
見かけによらずむっつりかよ。
「そんな訳ないだろ」
「だ、だって密室なのよ!」
「じゃあ乗るの辞めるか?」
「乗らないとは一言も言ってないでしょ!」
そう大声を上げると桐生は俯く。
「……乗るわよ」
その消え入りそうな声は確かに俺の耳に届いた。
「じゃあ行くか」
「……ええ」
そして俺達は観覧車に向かう。
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