第54話

 ある程度進んだところで一人の少女を見つける。

 その少女は下を向いて目を擦って泣いていた。

 俺は素直に驚く。


「どうしたんだ? はぐれたのか?」


 すると少女がこちらを向く。


「うん、そうなの……パパとママとはぐれちゃったの……」

「そう言っているが、どうする桐生?」

「どうするって、この状況でホッとける訳ないでしょ?」


 取り繕った言葉ではない。本心で言っている。

 俺は素直に驚いた。


「……どうしたの?」

「……何でもない」


 俺はそう言って少女の方に顔を戻す。


「俺の名前は八重島京也、こっちのお姉ちゃんが桐生花。君の名前は?」

「私の名前は花坂(はなさか)玲奈(れいな)」

「じゃあ玲奈ちゃん、俺達と一緒にママを探すか?」

「うん!」


 少女は泣き止んで明るい笑顔を見せた。


「じゃあ行こう! お兄ちゃん、お姉ちゃん!」


 少女は俺達の手を取り、引っ張る。


「ちょ、ちょっと──」


 俺達は当然の事に戸惑いながらも少女について行った。







「離しなさいよ? 暑苦しいんだけど?」


 桐生は不満の声を漏らすが、手を振り払ったりはしない。

 彼女の性格からして本当に嫌なら無理矢理手を振り払うだろう。

 なら現状は問題ない。


「休日で人混みは多いし、良いんじゃないか? はぐれたら本末転倒だろ?」

「まああんたがそう言うなら良いけど……」

「なんかこうやって歩いてると、私達本当の家族みたいだね!」

「か、家族って!」


 桐生は顔を真っ赤にする。

 分かりやす。


「でもこの子の言ってる事も強ち間違ってもいないかもな。周りから見たら俺たち家族に見えるだろうし」

「そう、あたしと八重島が家族……」

「お兄ちゃん! 私あれえ食べたーい!」


 そう言ってポップコーンを指出す少女。


「しょうがないな……なあ桐生、俺ポップコーン買ってくるからこの子と一緒にここで待ってて貰えないか?」

「いやー私お兄ちゃんと一緒にポップコーン買いに行く!」

「あたしもそれぐらい一緒に並ぶわよ?」

「パンフレットを見る限りそれなりに歩く事になるし、誰かはここに残って席を確保しておいた方がいい。この人混みじゃ次いつ席を確保出来るか分からないからな。お前だって立って食べるより腰を落ち着かせてゆっくり食べたいだろ?」

「一理あるわね……」

「納得してくれたか?」

「ええ、分かったわ……私はここで待ってる」

「そうか、じゃあ行ってくる」


 その言葉を最後に俺達は別れた。

 

 桐生の姿が完全に見えなくなったところで──


「これで良かったですか、お兄ちゃん?」


 玲奈がそう言った。


「ああ、完璧だ」


 俺も当たり前の様に返す。

 俺達と少女の出会いは偶然の産物ではない。


 仕込み、だ。


 俺は帝を通して子役を雇い、事前に打ち合わせした通り噴水(目印)の前にスタンバってもらっていた。花坂玲奈も本名ではない。芸名だ。偶然を装って桐生を少女の元に誘導したに過ぎない。少女が『パパとママと逸れた』と言うのも嘘。

事前に渡した台本通りに『パパとママと逸れた少女(設定)』を演じただけ。現に本当に両親と逸れたなら、アナウンスで呼び出しを食らっていなければおかしい。桐生はデートの事で頭一杯でそんな簡単な事にも気付かなかった様だが。


「しかし涙まで流しているとはな、台本と違ったから驚いたぞ」

「今の時代、涙一つ流せなきゃ生き残れないよ」


 やけに大人びた少女だな。


「今、やけに大人びた少女だな、って思ったでしょ?」


 俺は驚き、目を見開く。

 まさか少女に心情を見透かされるとは思いもしなかった。


「その顔は図星だね」

「……何で分かったんだ?」

「演技をするには登場人物の心情を理解する必要があるからね。だから相手の顔を見れば大抵の事は分かっちゃうんだ」

「だとしても一言一句間違わずに言い当てるとか、お前千里眼でも持ってんのか?」

「お兄ちゃんその歳で厨二病とか恥ずかしいよ」


 こいつ本当に子供か? 子供の皮を被った大人だろ。


「でもお兄ちゃんみたいな人が良くあんな女優さんみたいな人とデート出来るよね。お兄ちゃん村人Aみたいな顔してるのに」


 やかましいわ。確かにそうだけど。


 俺達は会話を交えながら歩き、ポップコーンのある場所まで辿り着くと最後尾に並ぶ。


「飲み物も買ってね。声張って喉乾いちゃったから」


 飲み物まで催促するとは。確かに遊園内の出費は契約上俺持ちになっているが、普通は遠慮するものである。可愛げのない少女であった。


「少しは年長者に敬意を払おうとか思わないのか?」

「思わないよ。私お兄ちゃんより稼いでるし」


 まさか少女にマウントを取られる日が来るとは。


「お前のADが可哀想だよ……」

「安心して、お兄ちゃん以外の前では猫被ってるから」

「何で俺だけなんだよ」

「だってお兄ちゃん、私が素で話してもそれをネットに書き込んだりするタイプじゃないでしょ?」


 花坂は俺の目を真っ直ぐに見据えてそう言った。


「良い観察眼だな……」

「私は子役だからね」

「そうか……」


 今は一端の子役だ。だがいつの日かテレビで彼女を見る日が来るかも知れないな、と俺は思った。


「一つ疑問なんだけどさ。お兄ちゃんは何でこんな依頼したの。お姉ちゃんはとっくに落ちてるのに?」

「内情を聞くのは契約違反じゃないか?」

「なんか色々と事情がありそうだね」


 そこで順番が回って来て注文する。

 そして注文の品を受け取ると列を離れる。


「はやく戻った方が良いよ」

「そうだよな。あんまり遅いと桐生が心配するよな……」

「いや、心配してるのはお兄ちゃんの方だよ」

「え、何で?」

「だって私と二人きりだよ。そろそろ通報されるよ」

「されねえよ! 普通に妹だと思うだろ!」

「いや、妹は無い、と思うな……うん」

「──人の顔見て言うのやめてもらえるか?」


 戻ると桐生が二人組みの男に絡まれていた。


「あれ、台本じゃ無いよね?」

「ああ……」

「じゃあ助けに行こうよ」

「いや、待て」

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