第52話

 昼休憩。


「一緒にお昼食べよ」


 人目を憚らず堂々と告げてくる白鳥。

 今朝の一件があった後の為、教室は騒つかない。

 男子数人の妬ましい視線を除き、大半は微笑ましい顔で俺たちを見守っていた。

 俺も別に何とも思わない。

 だが別に人目に晒される事に慣れたわけではない。

 意識は別のところにあった。


「悪いが先で食べててくれ。俺は用事を済ませてくる」


 俺はそう言って席を立つと、桐生の席に向かう。

 その足取りは以前の様な弱気なものではなく、堂々としていた。


「……な、何?」


 桐生はさっきからこちらをチラチラ見ていた。


「話がある」

「話って?」

「悪いが一緒に来てくれるか? ここでは内容なんだ」


 その一言に教室がざわつく。


「分かったわ……」


 俺は連れ立って教室を後にした。










「こんなところに連れてきて一体何のつもりよ」


 外方を向く桐生の顔は心なしか赤く見える。

 ここは『白鳥に一服盛られた』でお馴染みのB棟の空き教室だ。

 ここなら人目はない。外部から横槍が入る事はない。

 だからわざわざここを選んだ。

 俺は今から桐生をデートに誘う。

 白鳥との約束を果たす。


「今週の土曜日俺とデートしてくれるか?」

「デデデデ──ト!」


 驚いた顔で目をパチクリさせる桐生。

 コロコロと変わる表情は見ていて飽きない。


「返事を聞かせてくれるか?」

「ええ、良いわよ!」


 別に驚きはしない。

 オッケーを貰える事は半ば分かり切っていた。

 俺はラノベ主人公のように鈍感ではないのだから。


「じゃあ例のトイレの前に午後1時に待ち合わせでいいか?」

「ええ、いいわよ……」


 俺はその返事を聞くと先に空き教室を後にする。





 俺は今果たしてどんな顔をしているのだろうか?






「私を置き去りにするとはどう言うつもり?」

 

 教室に戻って席に着くなり白鳥にそう言われた。

 俺は呆れも隠さず溜息をつく。


『お前が桐生をデートに誘えって言ったんだろ』


 口頭ではなくラインで返す。


『確かにそうだけど……理屈じゃないよ』

『それが分かっていたからこそ、お前も俺を止めんかったんだろ?』


 白鳥は止めようと思えば止められた。

 ついて来ようと思えば、無理矢理同行する事もできた。

 それをしなかったと言うことは、白鳥も内心わかっていたと言うこと。


「ほら昼にするぞ」


 俺はそう言って空気を切り替えた。


「あ、私お弁当作ってきたんだ」


 ジャジャーン! といって弁当を取り出す白鳥。


「いや、ラインで要らないって言ったよな?」

「そう言うフリでしょ?」


 ラインで芸人の真似事する訳ねえだろ。


「フリとかじゃなくて本気だったんだが……」

「いいから良いから」

「いや、いらな──」

「ダメ食べて」


 こいつ状況を分かってんのか?

 

 俺は顔に苛立ちを浮かべる。

 別に俺は意地悪でこんな事を言っているんじゃない。

 恥ずかしいとかでもない。

 ある理由により白鳥の弁当を食べるわけにはいかないのだ。


『桐生をデートに誘った直後にお前の弁当食う訳にも行かねえだろ』

 

 俺は詳細をラインに送る。

 現に今だって不安そうにこちらをチラチラと見ている。


『でももう作って来ちゃったよ?』


 なら仕方ない。食べ物を粗末にする訳にはいかないからな。


「じゃあアーン」


 こいつ話聞いてた? 


「いや、それぐらい自分で食べるれるから」

「病み上がりでしょ?」

「病み上がりだとしても弁当ぐらい一人で食えるわ」


 俺は強引に弁当を奪い取って食べる。

 不意に桐生を見ると、人を殺せそうな目で俺を見ていた。


 大丈夫だよな? 俺海に沈められたりしないよな?

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