第51話
俺はようやく退院した。
だが教室に向かう足は重い。
これは病み上がりだからじゃない。精神的な問題だ。
一週間も学校を休んじまった……
当然ズル休みでは無い。母が学校に連絡を入れてくれた為、怪我で入院していると教師もクラスメイトも事情を把握している。後ろめたい事など何も無い。
なら大手を振って教室に入れば良い。
だがそれが出来るのは陽キャだけである。
俺のメンタルでは無理。俺のメンタルでは学校を風邪で一日休んだだけでも行きづらくなる。何故か罪悪感が湧く。
何を気にしている。俺なんて変えが効く学生社会の歯車の一つに過ぎない。俺が休んだところで誰も気にも止めない。俺の事なんて誰も興味ない。
そう心では分かっているが、どうしても割り切れない。
教室までの道のりは文字通り修羅の道だ。
教室に近付くに連れ、足は重くなり、鼓動は早まっていく。
酸素が薄くなってるのか、と感じる程、息がつまる。
出来る事なら今すぐ引き返したい。
だが何とか理性を保って一歩また一歩と直実に足を前に進める。
逃げ出したところで根本的な解決にはならない。
今日休めば明日はもっと行きづらくなる。
自分で自分の首を絞める事になる。
ここで逃げる訳にはいかない。
俺は自分を鼓舞し何とか教室の前まで辿り着くと一度足を止める。
教室は騒がしい。いつもと同じだ。
大丈夫……目立たない様にこっそり入って席に座れば良い。
俺は深呼吸をし教室の扉を開けると、何故か扉を注視していた白鳥と目があった。俺に気付いた白鳥が満面の笑みを浮かべて駆け寄ってくる。
「お早う八重島くん!」
相変わらずボリュームがでかい。
おい、何やってんだ、目立つからやめろ。
「顔色悪いけど、やっぱ病み上がりだから?」
いや、お前のせいだよ。ほらお前が来た事で滅茶苦茶注目浴びてんじゃねえか──ってあれ?
俺は疑問を抱く。
それは俺に向く視線のその殆どが好意的なものだった為だ。
どう言う事だ? 俺はどんな理由があれ一週間も学校を休んでいた。恨まれることはあっても逆はない。
「あ、もしかしてクラスに受け入れられてビビってる?」
俺の心情を見透かした白鳥はニヤニヤしていた。
はい、ビビってます。ちょービビってます。
「ああ……」
「私が事情を話しておいたからだよ、えっへん」
そう誇らしげに胸を張る白鳥。
何してくれとんじゃワレェ!。
だが俺に白鳥を責める資格はない。
これは口止めをしなかった俺の責任である。
俺はクラスの最底辺から一躍クラスのトップに躍り出た。
どうりで殆どが好意的な目なわけね。
一部の負の視線は未だ根強く残っているが、こればっかりはどうしようもない。万人に好かれるなどどんな人間にも不可能だ。それこそ天使じゃなければ。
別にヒーローになりたかった訳じゃないんだけどな……
これを怪我の功名と呼べるかは人それぞれ。俺は程々で良い。クラス内カーストも中の下ぐらいで良い。これならまだ陰キャの方が精神的に楽だ。
やっぱ俺は根っからの陰キャ体質だったらしい。今この状況を素直に喜べていない時点でそれは明確だな。陽キャは身の丈に合ってない。
こんな早く陰キャ恋しくなるとは当時は思いもしなかった。
人は失って初めてその大切さに気付くものだ。
故郷の空気の様に陰キャが恋しい。
陰キャに戻りたい。
だが俺が陰キャに舞い戻るには白鳥を切り捨てる必要がある。こんな陽キャの塊みたいな奴といてはどこにいたって注目を浴びる。
だがこんな嬉しそうな白鳥を突き放す事など、俺には出来ない。
白鳥は俺にとって掛け替えのない存在になっていた。
「席隣同士なんだからわざわざくる必要ないだろ」
「ごめん。でも八重島くんが来るまで落ち着かなくて……」
そう恥ずかしげもなく惚気てくる白鳥。
『大胆な告白は女の子の特権』と良く聞くが、お前は大胆過ぎる。
「お、おはよう八重島!」
桐生がそう言って俺に近付いた事で教室がざわついた。
まあ、桐生が自ら出向いて挨拶するなんて普通じゃ有り得ない事だからな。
例の一件を知らない人達からすれば目を疑う様な驚きの光景だろう。
「おはよう桐生」
「……体はもう大丈夫なの?」
「大丈夫じゃなかったら登校してきてないだろ」
「そ、そうよね! 変なこと聞いてごめん……」
そう言って俯く桐生の顔は真っ赤だ。
正直滅茶苦茶可愛い。
現に一部の男子は桐生の普段とのギャップにやられている。
「ゴホンゴホン! あの、私を無視しないでくれる桐生さん?」
「あ……お早う白鳥」
こいつ本気で忘れてたな。
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