第49話

 俺は反射的に声の発生源に視線を向けると、桐生がプルプルと震えて扉の前に立っていた。


 白鳥のやつ何でドア閉めてねえんだよ……気付かなかった俺も俺だけど……

危うくトリカブトの一件が外に漏れるところだった。


 羞恥心よりも恐怖が勝る。

 だがその感情をおくびにも出さない。


「いや、お前こそこんなところで何してんだよ」

「あ、あ、たまたま通りかかってね……」


 流石にその言い訳は無理あり過ぎだろ。どうやったら病院の二階をたまたま通りかかるんだよ。嘘つくならせめてもっとマシな嘘をつけ。


「そうなのか。凄い偶然もあるもんだな」

「あ、あたしのことはどうでも良いのよ! あ、あんた達こそ何してんのよ……!」


 桐生の視線が俺と白鳥の間を行ったり来たりしている。体育で『二人組組んでー』って伊藤に言われた時の俺並みに落ち着きが無い。


「私は八重島くんのお見舞いに来たんだよ」


 その声に応えたのは白鳥だった。


「……そ、そのお弁当は……?」

「病院の食事だけじゃ足りないだろうと思って家で作ってきたの」

「へーそうなの……まあ確かに病院の食事だけじゃ足りないわよね……」


 チラチラと俺の顔を見てくる桐生。

 だが俺と目が合うと直ぐに顔を真っ赤にして目を逸らしてしまう。


 いや、恥ずかしいなら一々俺の顔見んなよ。


「──で、桐生さんはいつまでそこにボーと突っ立ってるつもりなの? たまたま通りかかっただけなんだよね?」


 金のメッキが剥がれ、悪魔の部分が垣間見えた。


 おい、中身出てんぞ。


「そ、そうよ! 偶然通りかかっただけよ! あたしが桐生のお見舞いなんかに来るわけないでしょ!」


 もういっそ素直になった方が楽だと思うが、桐生はプライドが服を着て歩いている様な女だからな。


「そうだよね。桐生さんは八重島くんのお見舞いなんかに来ないよね」


 そう貼り付けた様な笑顔でニッコリ笑う白鳥。


 天使マジ怖い。


「あ、当たり前よ……!」


 何で涙目になってんだよ。これはお前が蒔いた種だろ。


 同情出来る余地はない。だが桐生を見てると何だが心がムズムズして落ち着かない。


 ──もう見ておれん。


「おい、桐生。そこに突っ立てると通行の邪魔になるぞ」


 俺は桐生に救いの手を差し伸べた。

 桐生は仮にも俺の見舞いに来てくれたんだ。

 これぐらいの優しさがあってもバチは当たらないだろう。

 相手の行為を無下にするな、と帝も言っていたしな。


「そ、そうよね! ここに突っ立ってたら通行の邪魔になるわよね! 仕方ないから入ってあげるわ!」


 調子の良い奴だ。

 桐生は堂々とした足取りで病室に入ってくる。

 堂々とし過ぎて若干後ろに踏ん反り返っていた。


 いや、少しは慎ましくしろよ。


「どうしたのこれ?」


 桐生は俺のベッドの側に辿り着くなり、あっけらかんとした顔でそう言った。


 いや、お前の部下にやられたんだが?


 だがワザワザそんな事を言う必要もない。言ったところで無駄に罪悪感を抱かせるだけだ。


「信号無視をした車に轢かれてな」

「それは災難ね……」

「全くだ」

「違うよ桐生さん。八重島くんはわ・た・しを庇ってくれたの」


 白鳥は『私』の部分を強調してそう言った。


 余計な事を言うよな。今穏便に終わったとこだろうが。


「……え、そうなの?」


 桐生が驚いた顔をして俺を見てくる。


「まあ、な」


 この状況で嘘をついても仕方ない。

 嘘をついたとしてもすぐにバレる。


「あんた、凄いわね……」

「そうなんだよ凄いんだよ」


 何でお前が誇らしげなんだよ。彼氏の武勇伝を語る彼女か。


 俺はこめかみを押さえて溜息をつく。


 先がも思いやられるな……


 呆れを隠すのも馬鹿らしかった。

 何で白鳥はいつもいつも──


「京くーん」


 慣れ親しんだ声。

 その声を聞いた瞬間、心臓が大きく高鳴り、脊髄反射のごとく扉に視線を向けた。

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