第48話
「そうだな……じゃあ食べるか」
俺は弁当の蓋を開けると、食欲をそそる匂いが鼻腔をくすぐった。
敷き詰められた白米、鳥の唐揚げ、卵焼き。彩りを意識したミニトマト。
バランスの取れた家庭的な手作り弁当だ。
だがその光景を見るとトラウマが蘇ってくる。
「トリカブト入ってないよな……」
「そんなもの入ってる訳ないでしょ!」
白鳥は心外だと言わんばかりに怒鳴り散らすが、説得力は皆無である。
どの口が言ってんだ。
「いや、実際入ってたから……」
卵焼きが黄色い悪魔に見える。
俺はあの一件以来、卵焼きを見ると体が拒絶反応を起こすようになってしまった。
卵焼きを見るだけであの時の光景がフラッシュバックし、体が震える。
今では大分マシになっているが、当初は卵焼きを見るだけで吐き気を催す程だった。
こんな症状医者にも相談できねえよ。
「まあ、アレは不幸な事故だよ。トリカブトから抽出したエキスが偶然卵焼きの中に入っただけだから……」
どんな確率だよ。てか、抽出してる時点でお前の意志が働いてるだろ。
反省の色が毛程もない白鳥を見て、怒りを通り越して呆れる。
「そうだよな、偶然だよな。トリカブトから抽出したエキスが偶然お前の弁当に入ってる事もあるよな」
「安心してもうあんな事は二度と起こらないから……もし不安だった私が毒味するよ?」
「いや、冗談だから。入ってる、とは一ミリも思ってないから。ちょっとからかっただけだから」
流石に今の白鳥が俺に害を働くとは思えない。
「じゃあどれから食べる? 私が食べさせてあげるよ。怪我で大変だろうからね」
「いや、もう怪我は殆ど完治して──」
「どれから食べる?」
「いや、だから──」
「どれから食べる?」
『はい』って言うまで同じ選択出してくるRPGの村長か。
「あの──」
「どれから食べる?」
やっぱりそうだった。最初から選択肢などなかった。
ならこちらが折れるしかない。こちらが折れないことには先に進めない。
人生諦めが肝心だ。
俺の人生なんて妥協だらけだしな。
「唐揚げで」
「どれから食べる?」
唐揚げもダメなのかよ。流石にそれは予想外だわ。
「じゃあト──」
「どれから食べる?」
こいつ俺が意識的に卵焼きを避けてる事に気付いてやがるな。
白鳥は俺にトラウマを克服されるつもりなんだろう。
だから卵焼きに誘導しようとしている。強引過ぎて誘導になってないが。
こいつ案外いいとこあるなって──あれ? トラウマ植え付けたのこいつじゃね?
危うく白鳥に感謝するところだった。
「卵焼きで」
「うん分かった、卵焼きね」
やっぱり卵焼きだったか。
白鳥は卵焼きを箸で摘むと──
「はい、八重島くん。あ〜ん!」
そのまま俺の口に運んでくる。
俺は『なるようになれ』と言わんんばかりに口を開けて流れに身をまかせる。親鳥に餌を乞う雛鳥みたいで小っ恥ずかしいが仕方ない。
その直後卵焼きが口に放り込まれた。
──なんだこれ滅茶苦茶甘いぞ。
母の卵焼きも砂糖の入った甘い卵焼きだが、これは甘いとかの次元ではない。
甘いを通り越して甘ったるい。
「……これ砂糖の分量あってるのか?」
「……別にそんな砂糖入れてないよ?」
「……そうなのか?」
「うん」
嘘を言ってる様には思えない。そもそも嘘をつく理由がない。
「もう一個頼めるか?」
「分かった……」
白鳥は怪訝な表情をしながらももう一度卵焼きを俺の口に放り込む。
やっぱりその卵焼きは非常な程、甘かった。
──俺の味覚がおかしいのか?
病み上がりで味覚が狂っていると言うのは考えられる。
ならやはり原因は白鳥ではなく俺にあるのだろう、と考えていると──
「ちょっとあんた達何やってんのよ!」
病室内に聞き慣れた声が響いた。
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