第47話

「具体的にはどんな風に不便なんだ?」

「実は中学の時に不幸な事件が起こってさ」

「──不幸な事件?」

「今の姿から到底想像出来ないだろうけど、中学の頃の私ってお世辞にも素行が良いとは言えなかったんだよ」


 いや、余裕で想像出来るけど? 


 そう内心突っ込みたかったが──話を途中で折るのもアレなので黙って聞いておく事にした。


「だから良く授業終わりに背筋を伸ばしてたんだけどさ、ある時制服のボタンが弾け飛んで前の席に座ってた男子の後頭部に直撃したんだよね」


 ──なに? 巨乳って全員飛び道具持ちなの? 何それ格ゲーめっちゃ有利じゃん。


「そうか、それは不幸だったな」

「いや、その男子──滅茶苦茶喜んでたよ?」


 運良くドM引き当てたのかよ。ガチャ運良過ぎだろ。


「で、その話のどこに不幸要素があるんだ? 喜んでたなら寧ろハッピーエンドだろ」

「問題はここからなんだよ」


 さっきとは打って変わって深刻そうな顔を見せる。

 俺は自然と気が引き締まった。


「──ここから?」

「実はこの話を胸のお淑やかな友達に話したら絶交されたんだよ。酷いよね」


 酷くねえよ、至極真っ当だわ、身構えて損したわ。


「当て付けだと思われたんだろ」

「女の嫉妬は醜いよね」


 どの口が言ってんだ。諸悪の根源はお前だろ。


「今直ぐ学校に戻れ」

「一緒に食べようよ」

「一緒に食べたら午後の授業に間に合わないだろ。ここから学校までどれだけ距離あると思ってんだ」

「いいじゃん別に」


 お前は学校を何だと思ってんだ。


「お前がくだらない話しに尺を割かなきゃ、一緒に食べるぐらいの時間はあったんだけどな……自業自得だ、いいから戻れ」


 俺は心を鬼にして突き放す。別に意地悪でこんな事を言ってるんじゃない。こんな病人に付き合って授業を疎かにして欲しくないだけだ。


 ──まあこんな事は口が裂けても言えないがな。


「せっかく体を労わろうとして来たのに……」


 行動が矛盾してるぞ。お前傷口に塩塗ってただろ。いや、塩を通り越して粗塩塗ってたわ。


「せっかく丹精込めて作って来たのに……」


 そう潤んだ瞳で言われると罪悪感が湧く。胸がチクっと痛む。


 こいつホント見た目だけは可愛いからな。


「はぁ……分かったよ。今日だけだぞ」


 俺はそう言って白鳥の弁当を受け取った。

 帝にも人の行為は無下にするなと教わったばかりだ。

 決して白鳥が可哀想だとか思った訳じゃない。断じて違う。

 俺はそう誰に問われる事もなく言い訳する。


「そう言うと思ったよ?」


 そんな俺を見て白鳥は悪戯が成功した子供の様にペロッと舌を出した。


 そうだこいつ演技派だったわ。自分武器を理解した上で有効活用してくるタイプの女だったわ。


 してやられたり。俺は白鳥の術中にまんまとハマった。

 だが今更取り消す事は出来ない。流石にそれは虫が良すぎる。男なら一度口に出した約束は守るべきだ。

 決して白鳥の弁当に舌鼓を打ちたいとか、そんな下賎な考えを抱いた訳ではない。

 ほらなんだ、俺が弁当食わなきゃ食べ物を無駄にする事に繋がるだろ? それは環境問題の側面から見ても良くないしな。


 俺は心の中で『うんうん』と頷き、自分を納得させる。


「仕方ないから食べてやるよ」

「ツンデレってやつ?」


 はい、そうです。ツンデレってやつです。


「お前今日やけにテンション高いな」


 俺がそう言うと白鳥は得意げにエピソードを披露する。


「実はここに来る途中のロービーでお爺ちゃんに会ったんだけどさ、そのお爺ちゃん私の姿を見るや否や『とうとうお迎えが来たか……』って言ったんだよね」


「その話の何処にテンション上がる要素があんだよ。不謹慎だろうが」


「そうだね、確かに不謹慎だね。てか、そんなことより早くお弁当食べてよ」


 そんなことって……まあいいか。

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