第46話
次の日のお昼時。
お昼がこんなに苦痛だと思ったのは生まれて初めてだ。
食事が喉を通らない。箸が止まっている。
こんなにも早く母の手料理が恋しいとは。
そんな事を思っていると、また訪問者が現れた。
「八重島くん! 愛しのマイエンジェルがお見舞いに来ましたよ!」
そう病院全体に響き渡る大声で病室の扉を開ける白鳥は制服姿でスクールカバンを持っていた。
恥ずかしいから音量下げろ。歩くスピーカーかよ。心臓悪い人も入院してるんだから少しは配慮しろ。
白鳥は逸る気持ちを抑えられないのか、駆け足気味で俺の方に向かってくると、当たり前の様に俺の近くの椅子に腰を下ろし、スクールバッグを床に置いた。
病院の床って雑菌だらけだって知ってる?
「……何しに来たんだ白鳥?」
すると白鳥は床に置かれたスクールカバンに手を突っ込みガサゴソすると──
「八重島くん、お弁当を作ってきました。じゃーん」
両手でお弁当箱を前に突き出した。
効果音まで自分で担当するとかどんだけこいつテンション上がってんだよ。深夜明けの俺かよ。
「今日平日だよな? まさか学校を抜け出して来たのか?」
「逢い引きって奴だよ」
お前大手を振って入って来ただろ。『逢い引き』の意味、今直ぐ辞書で調べ直せ。
「退屈してると思ってね。どうせ家族以外誰も来てないだろうから」
来とるわ。帝が来とるわ。
「あれ、このフルーツの盛り合わせ、何?」
やべえ、目の見えるところに置きっ放しだった。
気が緩んでいた。白鳥が見舞いに来る事は予想出来た筈だ。これは誰でもない俺のミスである。
──どうする、どう言い訳する?
内心穏やかではない。
帝は色々と訳ありだ。見栄の為に帝をダシに使う訳にはいかない。帝の情報は伏せた上で白鳥を納得させる必要がある。
「他の入院患者が貰ったらしいんだけど、食べ切れないらしくてな。看護婦さんがこっちに回してくれたんだよ」
事実確認を取られたら終わりだが、わざわざそんな事はしないだろう。
「だよね。クラスでは浮いてるし、中学の同級生とは疎遠そうだし、後輩には人望無さそうだし、お見舞いに来る人なんて居ないよね」
一々やかましいわ。少しはオブラートに包んで話せよ。
「いや、同級生の友達は未だに連絡取ってるから……俺のラインを見たお前なら知ってるだろ?」
「でも、後輩には人望無いんだよね?」
的確に急所を突いてくる。
傷口に障る発言は慎めよ。こちとら病み上がりだぞ。
「俺帰宅部だったから、そもそも後輩と関わる事がないから、仲良くなる前提すら成り立たないと言うか……」
咄嗟に思いついた言い訳を並べると──
「委員会で関わる機会はあったと思うけど、実際帰宅部の生徒でも人望ある人いたよ?」
退路を塞がれる。
背水の陣かよ。
「制服の第二ボタン、無事だったタイプでしょ?」
「いつの時代の話だよ。その文化もう晴れてるだろ。今の子は年賀状もラインやメールですませるんだぞ」
「私のとこでは私の第二ボタンを巡って戦争が起きたけど?」
マジかよ。絶滅危惧種じゃなかったのかよ。でもまあ仕方ないか……このオッパイの上にあったボタンだもんな、そりゃあ欲しいわな。
「……あの、露骨に胸見ないでくれる? 仮に見るとしてももっと慎みを持ってチラチラ見るとかさ」
「すまん、無意識だったわ」
「だったら良い、とはならないよ」
ごもっともだった。
「すまない……」
俺が素直に謝ると白鳥は露骨にため息をつく。
「胸を女の象徴って思ってる男子結構いるけどさ……大きいと大きいで色々不便なんだよね」
贅沢な悩みだった。遠回しに自慢している様にしか聞こえない。
「八重島くんの男の象徴は小さくて羨ましいよ」
小さくないわ。平均だわ──平均だよな?
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