第45話
病室内に気まづい空気が流れる。
帝はその空気を断ち切る様に話題を変えた。
「実はここにくる寸前まで果物ナイフを持参してくるか迷っていたんだよ」
「何故ですか?」
「メスかハサミぐらいしかないんじゃないか、と思ってな」
偏見が凄まじいわ。
「病院は入院患者に病人食も出しますし、デザートにフルーツが出てくる事もあるので包丁や果物ナイフぐらいありますよ」
「俺も直前にそれに思い当たって、果物ナイフを持参する事はやめたんだよ」
「直前に気付いてホント良かったですよ。警官が刃物を持ち歩くとかシャレになりませんから……」
「銃刀法第22条を引用するなら、業務その他正当な理由による場合を除いて、刃渡り6センチメートルを超える刀剣類の携帯してはならない。君の看病をするのは正当な理由に該当するだろ? まあ、それ以前に警官の俺を職務質問しようなんて輩はいないだろうがな」
職権乱用じゃねえか。
帝はリンゴを剥き終わると食べやすい大きさに切り分けて皿に乗せる。
そしてトレーに果物ナイフを置き、リンゴに爪楊枝を刺す。
リンゴには蜜が多く入っており、一目見て高級なリンゴだと分かった。
ゴクリと喉が鳴る。
自然と爪楊枝に手が伸びていく。
「食べる前に心して良く聞いて欲しい」
その言葉に手がピタリと止まる。
『一体何なんだ』と顔を上げると、帝は真剣な眼差しで俺を見ていた。
茶化して良い様な雰囲気じゃ無い。
自然と意識が切り替わる。
俺は手を引っ込め、帝を見据えると口を開く。
「どうしたんですか?」
すると帝は俺の視線から逃げる様に顔を下げた。
その行動は不安の表れ。表情は苦痛で歪んでいる。
既視感の募る展開。初めて会ったあの時を彷彿とさせる様に次の言葉を吐き出すのを躊躇っている。
あの時と同じく帝が覚悟を決めるまでの時間だ。
自然と気が引き締まる。
『あの時と同じ』と言う事は『あの時以上のショッキングな内容を話す』と言う事に他ならない。
自然と気が引き締まるのも当然であった。
前回と同じ二の舞はごめんだ。
衝撃に備える。
帝から目を離さない。逃げる事を許さない。
やがて帝は観念した様に口を開く。
「あのトラックの運転手は桐生組だ」
それを聞いて驚いた。
当初思っていた『驚き』とは違うが。
「でしょうね」
あっけらかんとした表情でそう言った。
身構えていただけに拍子抜けしてしまう。
何だ、そんな事かと。
「……知ってたのか?」
帝は信じられないものを見るかの様に俺を見ている。
心外だ。俺だってそれぐらいの知能はある。
「いや、普通に考えて分かりますよ。あんな偶然有りませんし。誰かしらの意図が働いと思うのが普通です」
信号無視してトラックが突っ込んで来るなどラノベの中だけだ。流石の俺も現実と二次元の区別ぐらいはつく。ラノベの常識を現実に置き換えたりはしない。
「すまなかった」
すると帝は頭を下げた。
それを見れば怒る気にもなれない。
それが無くとも元々怒る気など無いが。
「何故帝さんが謝るんですか? 帝さんは何も悪くないですよね?」
「まあ、そうなんだが……」
歯切れが悪い。何をそんなに気にしているのか。
別に帝が巻き込んだ事ではない。
俺は自分の意思で業火の中に飛び込んだ。
こうなる事も覚悟していた。
帝が責任を感じる必要はない。
「頭を上げてください」
「だが……」
「帝さん」
そう語気を強めると──
「分かった……」
帝は渋々折れて頭を上げた。
その顔はまだ罪悪感で曇っている。
余程責任感の強い人なのか。
何でも一人で全部背負ってしまう人なのか。
俺は『帝の罪悪感を少しでも取り除いてあげたい』と切に思った。
「帝さんは何も悪く有りません。寧ろ悪いのは俺の方です。俺の復讐に帝さんを巻き込んでしまった」
すると帝は一瞬目を見開き、直ぐに微笑んだ。
「相変わらず君は優しいのだな……」
その目はどこまでも暖かく俺の足りない何かを埋めていく。
「辛気臭い話はここまでです!」
俺は気恥ずかしさを誤魔化す様に強引に話を断ち切った。
「せめて何か侘びをさせてくれ……」
「お見舞いに来てくれただけで十分ですよ」
「ダメだ、それじゃ俺の気が済まない、せめて何かお礼を──」
帝の視線が不意に目の前のリンゴに止まった。
「──これだ」
帝はそう言って爪楊枝に手を伸ばす。
嫌な予感がする。間違いであって欲しい。
だが嫌な予感程、大抵よく当たるものだ。
帝は爪楊枝を摘んでリンゴを持ち上げると──
「ほら、京也くん。あーん」
そう言ってそのまま俺の口元に運んで来た。
──ここは地獄かな?
どうやら俺は死んで地獄に来てしまったらしい。
「……何してるんですか帝さん……」
その声に反応して帝の手がピタリと止める。
「君は怪我人だろ。手伝ってやろうと思ってな」
男にされても嬉しくねえよ。有り難迷惑だから今すぐやめろ。
「それぐらい自分で食べられますよ」
オブラートに包んでそう言った。
「つれないな……」
帝はそう言ってリンゴを皿に戻す。
「気持ちだけで十分です」
俺はそう言って爪楊枝を摘んでリンゴを持ち上げるとそのまま口に放り込んだ。
──うまい。
みずみずしくシャキシャキとした食感。程よい酸味。甘い蜜。
病人食が不味かった反動で、やけにリンゴが美味く感じる。
いや、このリンゴ自体が異常に上手いのか。
俺は瞬く間にリンゴを平らげお皿を空にした。
「そうだけ食べられれば安心だな」
「まあ、そうですね……」
「では俺はそろそろ失礼するよ」
帝は俺が食べ終わるを見届けてからトレー片手に席を立ち、病室を後にした。
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