第44話

 お昼時になると看護婦がトレーに食事を乗せて運んで来る。

 俺はその食事を顰めっ面で食べていた。

 病人食は基本的にまずい。舌鼓を打てる食事では無い。最低限の栄養を取れる食事だ。

 その為味付けは薄味。スープなんて白湯を飲んでるみたいだ。


 本当にこれ塩入れてんのかよ。家の水道の水より味ねえぞ。


 そう心中で愚痴を零しながらスープを胃に流し込んでいると、扉がノックされた。


「どうぞ」


 俺はスプーンを置き、顔を扉に向けてそう言った。

 すると扉が開き、バスケットに入ったフルーツ盛り合わせを持参した帝が中に入ってくる。


「やあヒーロー。退屈してると思ってお見舞いに来てやったぞ」

「帝さん……」


 帝は後ろ手に扉を閉めると窓辺の方に向かって歩いて行く。

 そして窓の下にある棚の上にお土産を置くと、俺の近くに置いてある椅子に座った。


「暇なんですか。仕事してください」


 今日は平日である。

 帝は仕事を抜け出して来てくれたのだろう。

 気持ちは嬉しいが、俺の為にそんな事して欲しく無い。


「非番なんだよ」


 百パーセント嘘だ。

 現に帝は制服を着ている。本当に非番ならサイゼリアの一件の様に格式張ったスーツを着て来るだろう。制服を着てるのが非番でない何よりも証拠だ。


「今すぐ仕事に戻って下さい」

「他人の行為を無下にするものでは無いぞ」


 確かにそう通りだ。他人の行為を無下にするべきでは無い。行為には行為で報いるべきである。


「分かりました……」

「よろしい。で、体調はどうだい?」

「すこぶるいいですよ。でも一週間は念のため入院してくれって」

「そうか」


 するとそのタイミングで扉がノックされた。


「どうぞ」


 俺がそう言うと──


「失礼します」

 

 トレーを持った看護婦が中に入ってくる。

 何か頼んだ覚えは無いが。


「俺が頼んだのさ」


 帝はそう言って立ち上がった。


「あの、これでよろしいでしょうか?」


 トレーの上には真っ白な皿と爪楊枝と果物ナイフが置かれていた。


「ああ、後これを下げてくれるか?」


 帝はまだ残っている病人食に目を向けてそう言った。


 正直助かる。


「はい、畏まりました。御用があればまたいつまでお呼びください」


 看護婦は残飯を持って病室を後にした。

 帝はそれを見届けてから棚の上に置いてあるバスケットの中からリンゴを取ると席に戻ってくる。

 帝は椅子に腰を下ろすなり果物ナイフを手に取ってリンゴの皮を剝き始めた。

 俺はそれを見て驚く。

 手先が器用なこと以前に手馴れている。

 普通こんな迷いなくリンゴの皮は剥けない。

 間違いなく今までに何度も経験がある。


「帝さんって結婚されてるんですか?」

 

 不躾な質問だと分かっていても好奇心には勝てない。


「俺に妻子はいないが、どうしてだ?」


 不躾な質問にも嫌な顔一つせずちゃんと答えてくれる。

 その優しさに漬け込む様で心が痛むが疑問の種を放置するのは憚れた。

 気になる事を放置するのは俺の心情的によろしくない。

 これが尾を引いて今後の活動に支障をきたしても困る。


「異様に慣れているので……」

「……ああ、親戚の子供がよく来るからな。覚えたんだよ」


 そう言えばサイゼリアでそんなこと言ってたな。どうりで異様に手馴れてた訳か。

 勘違いで要らぬ誤解を掛けてしまった。俺は自分の浅はかな行動を反省しつつ、笑顔を作る。


「そう言えばそうでしたね。すっかり忘れてました」

「よくそれで聖秀高校を合格する事が出来たな……」


 そう言われては返す言葉もない。

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