第43話

 知らない天井。

 目が醒めると病院のベッドの上だった。どうやら俺はあの状況から奇跡的に一命を取り留めたらしい。病院のベッドの横には制服姿の白鳥が体を預けて眠っていた。


「おい、白鳥」


 その声で白鳥は目を覚ます。


「……や、八重島? ──よ、よかった! 本当によかった!」


 そう泣きながら抱きついてくる白鳥に胸がドキドキしてしまう。


「やめろ、病人だぞ」

「ご、ごめん!」


 そう言うと白鳥はすぐに離れた。


「取り敢えず涙を拭いたら……」


 そう腰に手を伸ばしてところで、ハンカチが無い事に気付く。

 俺の服は家用のパジャマだった。


「気を遣わなくても大丈夫だよ」


 白鳥は服の袖で涙を拭いた。


 いや、ハンカチ持ち歩いてないのかよ。小学生の男子か。


「俺どれぐらい寝てたんだ?」

「三日かな?」


 着替えの原因はこれかよ。


「俺は看護師さんに裸見られたのか……」


 羞恥心で顔が真っ赤に染まる。

 今頃笑いのタネにされていなければ良いが。


「いや、違うよ」

「違う? ああ、母がやってくれたのか……」


 良かったこれならまだ傷は浅い。

 少なくとも赤の他人に見られるよりマシだ。


「いや、だから違うって」

「え、どう言う──」

「八重島くんのお母さんが着替えを持って来たんだけど、そこから私が引き継いで着替えさせたの」


 バイトのシフトかよ。母さんも良くも知りもしない相手に看病任すなよ。こいつ俺の飯に一度毒を持った奴だぞってまさか──


「お前、また写真を──」

「怪我人相手にそんな事する訳ないでしょ!」


 白鳥は心外だと言わんばかりに叫んだ。

 だが前科がある為、説得力が無い。


「じゃあ何でこんな事したんだ?」

「だってこれは私の責任だし……」


 白鳥にしては珍しく責任を感じてる様だった。

らしくない。


「いや、恩を感じる必要はないぞ。俺が勝手にやった事だからな」


 すると白鳥の態度が豹変した。


「感じるつーの! 何で私なんかを助けたのよ! ──私あんたにあんな酷いことしたのに!」


 涙ぐんだ声で叫ぶ白鳥。

 鬼気迫る迫真の表情に俺は一瞬たじろいでしまう。


「お、おい、素が出てるぞ……」

「うるさいうるさいうるさいうるさい!」


 俺はそこで気づく。化粧で隠しているが、白鳥の瞼の下にクマができている事に。


「お前まさか、三日間ろくに寝ずに看病してくれたのか……?」

「当たり前でしょ! 八重島がこうなったのは私のせいなんだから!」


 何だ、天使だった頃の残滓はちゃんと残っていたのか。


 俺は誤解していた。白鳥は責任感の強い心優しい女の子だった。

 他人の為に本気で泣ける人が果たして世の中にどれだけいるだろうか?


「ありがとな」

「何で八重島が謝るのよ……謝りたいのは私の方なのに……」


ショボーンと萎んでいく白鳥は見てて落ち着かない。

 白鳥には自信満々に笑っていて欲しい。


「お前俺の裸見たんだよな?」


 俺は空気を変える為に別の話題を振った。


「だったら何よ……」

「だったら俺のアレも見たってことだよな?」


 すると白鳥は顔を真っ赤にして弁解を述べた。


「し、仕方ないでしょ! 目をつぶって着替えさせるなんて出来ないし!」

「もう責任とって結婚してもらうしかないな」


 そう冗談まじりに言うと──


「……別に良いけど」


 白鳥がそうボソッと呟いて恥ずかしそうに俯いた。

 予想外の反応に俺は戸惑う。


「冗談だからな……」

「いや、ちゃんと責任は取るよ。私のせいでこうなっちゃった訳だし」

「だからこれは俺のせいだって──」

「じゃあ私は今から学校に戻るから。いつまでも休んでる訳にもいかないしね。八重島くんはゆっくり休むんだよ。明日はお弁当作ってくるから」


 白鳥はそう通い妻じみた発言をして、病室を出て行ってしまった。


「いやだから俺の話を聞けって……」


 その声は誰に届く事なく消えていく。

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