第38話

 俺は気流と別れて暫くしてから先程のトイレの前に戻って来た。

 トイレの前には見知った顔がある。


「よおお前ら手間かけたな」


 そう手を軽く上げて声を掛けたのは──先程の二人組みだ。


「一時はどうなるかと思ったぜ。あの子めっちゃ怖いしよ。誰だよギャルはオタクに優しいって言ったやつ」


 先程とは打って変わってひ弱そうな印象を抱かせる男。

 彼の名前は佐藤さとう和也かずや、俺の中学時代の数少ない友人の一人だ。


「はは、和也、ホント面白かった」


 そう満面の笑みで笑うのは神風かみかぜゆう。和也と同じく俺の中学時代の数少ない友人の一人である。

 優は髪が金髪になっており爽やかイケメンへと変貌を遂げていた。

 二人には手筈通り桐生をナンパしてもらった。

 あれは偶然を装った必然である。所謂『マッチポンプ』だ。

 自分の手の者に桐生を襲わせ、窮地に追い込んだところで、意気揚々と登場して助け出す。桐生を落とす一番手っ取り早い方法は窮地を救い出す事だ。少女漫画の白馬の王子様になる事だ。だが俺が白馬の王子様になるには悪役が必要不可欠。だから意図的に悪役を作り出した。女子の乙女心を弄ぶゲスなやり口だが仕方ない。これも父の為である。


「しかしまさかあの京也が女の尻を追いかけてあの名門と名高い聖秀高校に入るとはな」


 二人は地元の高校に行った。

 俺は当初の約束を破って一人進学校に行った。

 絶交されてもおかしくない裏切り行為だ。

 だが二人とは今でもちょくちょく連絡を取り合っており、友人関係は続いている。現に今日だってたまの休日を潰してまで快く悪役を引く受けてくれた。

 俺は『良い友人を持った』と改めて思う。


「驚きだよね。京也があんな気の強い女が好みだったなんて」

「てか、お前その髪どうしたんだ?」


 そう聞かずにはいられなかった。

 優の金髪は俺にとって見慣れないものだったのだから。


「高校デビューだよ」

「グレたのかと思ったよ」

「考え方が古いよ。今時金髪なんて普通だよ」

「確かにそうだな。偏見だよな」

「でも京也って案外鬼畜だよね。あんなゲスな方法を取るなんてさ」


 そう言われては返す言葉もない。実際手段はその通りなのだから。

 すると俺の代わりに和也が言葉を返す。


「京也は私利私欲の為に人を傷付ける様な奴じゃない。きっと俺らには分からない重要な理由があったんだろ」

「そんなのわかってるって、じゃなきゃ僕もいくら友達とは言え、こんな話引き受けないよ」

「お前ら……」


 俺は感嘆の声を上げる。三人の友情が再確認できた瞬間であった。


「てか和也の演技よくバレなかったよね」

「俺もそれは思った」


 優の意見に同意する。確かにあの時の和也は最悪だった。

 和也は絵に描いたような大根役者だった。バレなかったのが奇跡である。


「仕方ねえだろ、俺陰キャなんだからさ!」


 ごもっともだ。陰キャがヤンキーを演じるのはハードルが高過ぎる。

 だから俺はその事に関してはとやかく言うつもりはない。

 問題は別の部分にあった。


「お前台本飛ばしすぎだろ」


 俺は事前に二人に台本を渡していた。

 当日は俺の家でセリフ合わせをし準備満タンの状態で本番に挑んだ。

 練習の段階では概ね完璧だった。

 だが俺は重要なことを忘れていた。

 和也が俺と同じ極度のあがり症である事を。

 その結果和也は本番でセリフを飛ばし、アドリブをかます。


「仕方ねえだろ。俺今まで女の子とまともに話した事ねえのに……いきなり美人のギャルだぞ? 初期装備でラスボスに挑むようなもんだろ」

「だとしてもテンパり過ぎだろ! ハリウッドスターでもあんなのにアドリブかまさねえぞ!」


 自分を棚に上げてそう言った。


「これでも自分のセリフにマーカー引いて台本を擦り切れるぐらい読んだんだぜ?」

「そうだよ京也。和也はこの日の為に高い美容院に行ったり、お洒落な服屋にも行った。1000円カットとシマムラを卒業したんだよ」

「そうだぞ、そのせいで今月金欠なんだぞ」


 かなり身を削ってくれたらしい。

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