第35話

 飲み終わるとスタバを後にする。

 それからは色々な店を回って服やアクセサリーを見たりした。


「私トイレに行ってくるね」


 一通り回ったところで白鳥がそう言った。


「ええ」


 白鳥の姿が見えなくなったところでスマホを取り出し、視線を落とす。


 もう四時か……


 体感は一時間程度だった。楽しい時間は早く過ぎると言うのは本当らしい。


「ねえ、君何してるの?」


 その声に顔を上げると二人組の男が居た。

 話し掛けてきた男が黒髪で、後ろに控えるもう一人の男が金髪だ。

 状況から察するにナンパだろう。

 あたしの見た目は派手な為、勘違いされやすい。

 ナンパされた経験は今までに何度もある。


「──何?」


 あたしは苛立ちを隠すことなく蛇の様に睨みつける。


「ひ、一人で暇してそうだなって思ってな」


 一瞬怯んだ様に見えたのは気のせいだろうか。

 いや、気のせいだろう。

 ナンパ師が女相手にビビるとは思えない。


「いや、一人じゃなから。連れがいるから」

「じゃあ連れが来るまで一緒に遊ぼうぜ」


 絵に描いた様なナンパ師であった。

 喋り方も妙に演技くさい。


「無理よ」


 そう冷たく突き放す。

 この手の男は下手に出るとつけあがる。

 ナンパ師のあしらい方は手馴れたものだった。


「おいおいつれねえな。一緒に遊ぼうぜ」

 強気な文面とは裏腹に目は泳いでいる。

 女慣れしてない──いや、それはあり得ないわね。

 相手はナンパ師だ。それなりの場数は踏んでいる。そもそも女慣れしてないの様な奴が女をナンパするとは思えない。


 ならなぜ彼はこんなにも不自然なのって──まさか!

 思い当たる節があった。


 ヤク……


 うちもヤクは扱っている。ヤクは組の稼ぎの大半を占める重要なシノギだ。シマの常連にも似た様な奴がいた。なら奴は十中八九ヤク中だろう。そう考えれば奴の可笑しな行動にも辻褄が合う。


「さっきも言ったけど無理よ。どっか行ってくれる?」


 そんな不安はおくびにも出さずにそう言った。

 弱さは見せない。弱さを見せたが最後、骨の髄までしゃぶり尽くされる。

 ヤクザの家に生まれたあたしにとってそれは常識だった。


「ほんの数分で良いからさ」


 ……やっぱりこいつイカれてる。


 ここは公の場だ。人目もある。なのに全く引く気がない。

 普通の神経をしてれば、目立つ事は避けるだろう。

明らかに危機感の欠如が見られた。

 ヤクをやっている証拠だ。


「だから無理よ。これ以上しつこく迫るなら警察を呼ぶわよ」


 あたしがそう軽く脅すと男の態度が一変した。


「はぁ! 調子乗んなよ! こっちが優しくしてれば良い気になりやがって!」


 激昂した男が手を伸ばしてくる。


 ──嘘!


 いくらヤク中とは言え、ここまでとは思わなかった。

 あたしは咄嗟に目を閉じ、手で顔を庇う。


 ──怖い怖い怖い怖い!


 だが男の手があたしの手を掴む事はなかった。


「何やってんだ」


 聞き覚えのある声。

 その声に反応して目を開けると八重島が男の後ろで男の手首を掴んでいた。


 ……なんで八重島がここに?


「誰だテメェ……」

「その子の同級生だが?」


 なんで……


 あたしは八重島に冷たくしてきた。話し掛けて来た時も軽くあしらった。


 ──なのになんでこんなあたしに手を差し伸べてくれるの?

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