第32話
「アプローチするならアホを演じるのが一番手っ取り早いでしょ?」
『能ある鷹は爪を隠す』か。正に今の白鳥にピッタリの言葉だな。
アホを装って桐生に近づく。
アホなら寝首をかかれる心配もない。
全て緻密に計画を練った上での行動だった訳か。
『敵ながら天晴れ』と言わざるを得ない。
「確かに。桐生も度肝を抜かれてたしな」
「そうだよ。全ては計算の内だよ。それに比べて八重島くんと来たら……」
呆れた表情を向けられる。
「俺がどうかしたのか?」
「身なりだけでもどうにかしようと思わなかったの?」
「整形しろ、と言う遠回しの嫌味か?」
「違うよ。出来る範囲の話だよ。髪を染めるとかピアス開けるとかさ、少しは陽キャらしくしようと思わなかったのかなって」
全くもってそう通りだ。白鳥の発言は的を得ている。桐生に近づくなら少しでも身なりを整えて陽キャらしくした方がいい。郷に入れば郷に従え、だ。
だがそれはある理由により憚れた。
「……父が俺に残してくれたものってこの黒い髪しか無いんだ。だから髪を染めたく無かった。髪を染める事は父を否定する様な気がしてな。ピアスも開けなかったのも、父からもらった体に傷をつけたくなかった、って言うのもあるけど、一番の理由は母に心配を掛けたくなかったからだ。父親が亡くなってからすぐにピアスを開けたんじゃ母が心配するだろ。まあ綺麗事かも知んないけど、俺は見た目より中身で勝負したかったんだよ」
柄にもなく恥ずかしいセリフを言ってしまった。
やべえ、やっちまった。ドン引きされたよな?
俺は恐る恐る白鳥の顔を見ると──
「……案外いいとこあるじゃん……見直したよ。八重島くんも八重島くんなりに色々考えてるんだね」
様子に反して好評だった。
飴と鞭の使い分けがエグイ。感情がぐわんぐわんに揺さ振られる。
「そりゃどうも……」
こいつは見た目だけは良いからな。照れてしまうのは仕方ない。不可抗力だ。
「これからはお互いに協力し合おう。私達は同じ目標を掲げる同志なんだからさ」
秘密の共有はお互いの距離を近づけ、信頼の証にもなる。所謂クロージング効果だ。
「そうだな」
そう言って俺たちは握手を交わす。
加害者の娘と被害者の息子が『見せ掛け』とは言え『協力関係』を結ぶ。
そして俺達は時間差で空き教室を出て教室に戻った。
授業の合間の十分休憩。
俺は寝たふりをし、バレないように横を見る。
白鳥の周りには夜の自動販売機に引き寄せられる蛾の様に自然と人が集まっていた。
「白鳥さんってホント美人だよね〜なんか美容の秘訣とかあるの〜?」
一人の褐色の良い肌の女の子が質問を投げかけると──
「あ、それ私も前から気になってたー!」
それに続く様にツインテールがトレードマークの女の子が手を挙げた。
「月に一回美容院に行ってるぐらいだよ?」
「じゃあスタイルの維持とはどうしてるの? やっぱ白鳥さんクラスだと食事制限とかしてるの?」
すると白鳥は顎に手を乗せ考え込むそぶりを見せる。
「……夜にお菓子食べないようにしてるかな?」
そう言って首をかしげるその姿はまさしく天使だ、と以前の俺なら思った。だが本性を知った今は何とも思わない。
白鳥はアレを計算してやっているのだ。表情も首の角度も全部演技。
一体どう言う心境なのか、と悪魔のような狡猾な女にそう問いかけたくなる。
「え、それだけ! 私なんて部活で毎日走ってるのに今月2キロも増えたんだよ!」
「エミは家でダラダラしてるからでしょ!」
「あんたなんて何もやってないでしょ!」
「私は良いの太らないから」
「キー! 遺伝子が憎い!」
横目で彼女達のやりとりを観察していたらスマホがブルブルと震えた。
『何さっきからこっちみてんだよキメーんだよ!』
高低差あり過ぎて風邪ひくわ。
だが白鳥は二人を見守っている。白鳥の意識は二人に向いている。
その状態でどうやってラインを打っているんだ、と目を凝らしてみると、右手を机の中に突っ込み、スマホを操作していた。二人の死角から。
こいつ何食わぬ顔でよくスマホいじれるな。てか見てないってことは文字盤暗記してんのかよ。その労力他に使えよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます