第28話

「早かったね京也くん」


 空き教室の中央には向かい合う様に机が二つ並べてあった。

 白鳥は窓から差し込んだ光をバックにその席に座って俺の到着を待っていた。

 質素な空間に一人ポツンと座るその姿は荒野に咲く一輪の花の様に儚げで尊い。

 俺が白鳥に見惚れてしまうのは必然であった。


「何入口でボーと突っ立ってんの? 早くこっちに来てよ」


 その言葉にハッと我に返る。


 いかんいかん何をやっているんだ俺は。


「あ、ああ……」


 そう誤魔化す様に空き教室に足を踏み込むと、後ろ手に扉を閉め、白鳥の正面の席に腰を下ろす。


「何でこんなところに呼び出したんだ?」


 腰を下ろすなり開幕そう言った。


「それはね……これだよ」


 白鳥はもじもじしながら机の中から弁当箱を取り出した。


「……昼食に誘ってくれたのか?」

「うん……」


 あの白鳥が俺を……? あ、そう言えばスクールバック持って教室を出ていたっけ。

 

 そこまで注視していなかった為に忘れていた。


「……どうして俺を昼食に誘ってくれたんだ?」

「昨日付き合ってくれたでしょ? そのお礼をしたくて」


 そうか、気遣ってくれたのか。


 下界の人間に恵みを与えて下さるとは、何と心お優しい。


 ──でもやっぱどこか抜けている。


「お誘いは嬉しいが、こういう事は先に言ってもらえるか。俺弁当持って来てないんだが……」

 

 これでは二度手間になってしまう。


「必要無いよ」

「え、白鳥が食うのを見てろってことか?」


 だとしたらとんでもない鬼畜である。


「違うよ! これ上げるってこと!」


 白鳥が顔を真っ赤にして俺に自分の弁当を差し出してきた。

 十中八九気を遣ってくれているのだろう。そうだ、そうに違いない。

 俺は高鳴る心臓にそう言い聞かせる。


「気遣わなくても良いぞ。今から取ってくるから」


 俺がそう腰を上げたところで──


「だから違うって!」

 

 白鳥が大声で遮る。

 あまりの衝撃で動作を中断してしまう。


「……どう言う意味だ?」


 俺は椅子に座ってからそう答える。


「鈍過ぎでしょ! ここまで言えば分かるでしょ! 京也くんの為に作ってきたの!」

 

 そう俯いた顔はかすかに赤い。

 これを見れば流石に認めざるを得ない。


 冗談だろ……白鳥が俺の為に……俺に春が来たのか。嬉しい、素直に嬉しい……だが俺には復讐がある。恋愛にうつつを抜かすなど……でもせっかく作って来てくれたのにそれを無下にする訳にはいかない。だからこれは仕方ない……仕方ないんだ。


 俺はそう自分に言い訳して白鳥の手作り弁当を受け取った。


「あ、ありがとう白鳥……」

 

 俺は照れ臭そうに頭を掻く。


「……どういたしまして……」

 

 完全にお見合いムードだ。初々しい。


「……開けていいか?」

「うん……」

 

 俺は早速弁当を開けてみる。

 すると中にはのりたまのかかった白米と卵焼きと唐揚げとミニトマトが入っていた。

 白鳥のイメージにピッタリの家庭的なお弁当だ。

 俺はゴクリと喉を鳴らす。

 あの白鳥翔子の弁当。男がこぞって欲しがる弁当。

 俺は卵焼きに箸を伸ばす。

 だが途中で視線に気付いて箸を止めた。


「そんなにジーと見られると食べづらいんだが……」

「八重島くんが食べるとこ見てたいの……だめ?」


 白鳥は潤んだ目でそう言った。


「だめ、ではない……」


 この状況で断れる男はいないだろう。

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