第26話

 だが撒かれたからと行って、今更引き返す訳にもいかない。

 既に賽は投げられている。ハンカチを返すまで引き返す事は許されない。


 まあ、撒かれたところで然程問題ないんだけどな。


 目的地は分かっている。なら目的地に向かって真っ直ぐ突き進めばいい。

 俺は足を止める事なくひたすら前に進む。

 すると予想通り開けた場所に出た。

 旧校舎だ。

 外観はボロボロで所々塗装が剥がれ落ち中身が剥き出しになっており、蜘蛛の巣やコケが付着している。人の手が入っていないのは明確であった。


「──何だと」


 俺は驚きの余りカバンを落とし、ただ呆然と立ち尽くしてしまう。

 だが驚いたのは何も旧校舎の外観に対してじゃない。

 旧校舎の前にあった花壇に対して、だ。

 その花壇には余す事なく真っ青な花が咲いていた。

 明らかに人の手が加えられている。

 俺は花に惹きつけられる様に花壇に向かうと、しゃがみ込み、間近で見た。

とても綺麗だ。

 それを見てると日頃の些細な悩みなど何処かへ吹っ飛ぶ。

 綺麗な花には精神を安定させる効果があると良く聞くが本当らしい。

 俺は花に没頭していた。


「その花綺麗でしょう」

 

 すると不意に背後から声を掛けられる。

 その声は一度聞いたら忘れない声。

 その声を聞くだけで心が踊る。気分が向上する。


「白鳥──」


 俺は振り向いたところで、白鳥に見惚れてしまった。

 俺に目線を合わせる為に前のめりになって髪を耳にかける白鳥の破壊力は半端ない。

 ぶら下がる二つの禁断の果実。左手にはジョーロを持っている。いつもとは違うシチュエーションにそこはかとなくエロスを感じる。


「……八重島くんこんなところでどうしたの?」

 

 その声にハッと我に返る。


「た、たまたま通りかかってな……」

 

 俺は誤魔化す様にお尻を払って立ち上がった。

 動揺し過ぎて座っても無いのにお尻を払ってしまった。

 何とも恥ずかしい。


「そうなんだ」

 

 だが白鳥はそんな俺に気付いた様子はない。

 白鳥が抜けていてホント良かった。


「この花は白鳥が育てたのか?」

「ええ、そうだよ。えっへん」


 白鳥はそう誇らしげに胸を張ると、ただえさえ大きい胸が更に強調された。制服が今にも張り裂けそうだ。


「……ん? 顔赤いけどどうしたの?」

 

 その言葉でハッと我に返り顔を上げる。

 すると白鳥が上目遣いで俺を見て首を傾げていた。

 

 夕陽をバックにそれは反則だろ。


 いつもの倍以上の効力を持つ上目遣いに俺の心臓は張り裂ける寸前だった。


「夕陽のせいだ」


 俺は誤魔化す様に顔を背ける。

 そうだ、都合の悪い事は夕陽や妖怪のせいにすれば良い。


「こっち向いてよ」

 無理だ。今白鳥の顔を直視するのは色々とまずい。ここは俺の名誉の為にもだんまりを決め込むしかない。


「八重島くん……」

 

 悲しそうな声だ。


 くそ! こんな悲しそうな声で言われたら無視なんて出来ねえじゃねえか!


「……なんだ?」


 俺は仕方なく顔を向けると──


「えい」

 

 額に手を乗せられた。


「……うーん、少し熱いかな?」

 

 白鳥は自分のデコと比べながら首をかしげる。

 ナチュラルに男心を弄る動作をしてくるのだから末恐ろしい。

 波打つ鼓動が早まる。心臓の音が煩い。


「あれ、少し熱が上がった様な……?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る