第25話

「では熱いうちに頂くとするか」

「はい」


 猫舌の俺はアチアチのミラノ風ドリアにスプーンを入れて掬うと、ふーふー吐息を吹きかけ冷ましてから口に運ぶ。


 ──上手い。


 俺は反射的に顔を上げて帝を見ると──


「──上手いだろ?」

 

 勝ち誇った様な顔をしていた。

 どうやら俺の心は見透かされていたらしい。


 いや、無意識に顔に出ていたか? まあどちらにしろ俺の完敗だ。


「はい」


 俺はこの日を境に熱心なミラノ風ドリア信者になった。


 1


 放課後の教室は騒がしい。

 生徒は皆、教室に残って友人とくっちゃべっている。

 部活に所属する生徒も教室で駄弁って羽を伸ばしてから部室に向かうのがルーティーンとなっている。一時(いっとき)の休息と言ったところだろう。

 だがそんな中、白鳥は一人忙しなくスクール鞄に荷物を詰めていた。

 行動に余裕を感じられない。まるで何かに追われている様に。

 白鳥は身支度を終えるや否やカバンを持って席を立つ。


「じゃあね八重島くん!」

「じゃあな白鳥」


 白鳥は俺と挨拶を交わすとそのまま勢いで出口に向かい、教室を後にした。

 白鳥はホームルームを終え放課後を迎えると直ぐに家に帰る。

 別に部活に所属している訳ではない。

 家が厳しいのでは、ともっぱらの噂だが、まあ俺には関係のない話だ。

 俺はくっちゃべってる生徒を尻目にゆっくりと鞄に荷物を詰め込む。当然これはわざとだ。時間を稼いでいる。

 流石に同じタイミングで教室を出て行くわけにはいかない。変な噂が立っても困る。白鳥の名誉の為にも誤解を招く行動は慎むべきだろう。

 俺は白鳥が出て行って数分が立ってから席を立つ。

 すると白鳥の席の近くにハンカチが落っこちているのが偶然目に入った。

 純白のハンカチだ。

 十中八九白鳥のものだろう。

 忙しなくしてたから落としたのに気付かなかったのかも知れない。

 まあそれを抜きにしても白鳥は抜けているが。


 今から追いかければ間に合うか。


 流石に見つけてしまった以上、見て見ぬ振りは出来ない。ハンカチが無ければ白鳥が困る。隣人の窮地に事勿れ主義は貫けない。俺はハンカチを拾い上げポケットにしまうと、気持ち早歩きで教室を出た。

 


 昇降口に辿り着くが、白鳥の姿はなかった。

 俺は急いで下駄箱で靴に履き替え、昇降口をくぐる。

 すると校庭に白鳥の姿を見つける。

 良かった、と一安心したのも束の間、何故か白鳥は校門とは正反対の方向に足を運んでいた。

 そっちには使われていない旧校舎しかない。

 一般の生徒はおろか、教員ですら立ち寄らない場所だ。


 ──どういうことだ?

 

 声をかけるか、迷った。

 声を掛けたが最後、真相が闇に葬られるかも知れない。

 迷う、迷う、迷う──

 迷っている間にも白鳥の姿はドンドン遠ざかっていく。

 そして俺は散々迷った挙句、後をつけることにした。


 ──すまん白鳥。


 俺は心の中で謝る。人は好奇心には逆らえない。

 白鳥は旧校舎へと続く人気のない森林の中に入って行く。


 ──やはり目的地は旧校舎か。


 これで目的は確定した。

 俺は数十秒遅れて森の中に入ると草木を掻き分けて白鳥の後を追っていく。

 だが予想以上に白鳥の進むスピードが早い。

 地形を理解してる分、白鳥にアドバンテージがあった。

 俺は途中で白鳥の姿を見失う。


 いや、こちらの存在に気付き、撒かれたか?

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