第21話

 流石にこの事を言いふらされたら今後の作戦に支障が出るからだ。

 下心がありきで近付いたと思われれば、警戒を解くのは難しくなる。


「うん、分かったよ──この秘密は墓まで持って行くね?」


 白鳥は俺の真似してシーっと人差し指を唇に当てる。


 メタモンの女体化かよ。近年は何でもかんでも女体化するからな。織田信哉とか何回女体化してんだよ。今時の小学生が歴史の教科書見て困惑したらどうすんだ。


「恩に着る」

 

 俺は片目を閉じ手を合わせて頭を下げた。

 感謝の気持ちを伝えるのは重要である。

 礼儀の無い人間は人から好かれない。

 

 まあ、礼儀があっても俺は人から好かれないんだけど……


「いいよ。お隣さん同士だしね」

 

 天使だ、天使がいる──俺は天使に触れたよ。

 

 某バンドアニメの曲名が自然と脳裏に浮かんだ。

 そんな微笑ましい二人のやり取りをクラスは我が子を見守る母親の様に暖かい目で見守っている──訳が無い。

 先程の延長と言わんばかりに女子は軽蔑の目を向け、男子は獲物を射殺す狩人の様な目付きで俺を見ていた。

 人目のない場所に足を運んだが最後、本当に狩られかねない。

嫉妬と言うのは末恐ろしい。嫉妬は七つの大罪の一つに数えられる。実際ストーカーの9割は嫉妬だ。

 俺はクラスの男子全員から倒すべき敵だと認識された。

 だが天使と話す以上、そのぐらいの代償はあって然るべきだ。甘んじて受け入れよう。

 白鳥の笑顔を見ると自然にそう思えた。



 時の流れは残酷だ。あれから何の進展も無しに数ヶ月の月日が経った。

 

 ちょっとゆっくりし過ぎたかも知れない。これからは少しペースを上げて行こう。

 

 俺は見慣れた景色を尻目に通学路を歩いていた。

 数ヶ月も同じコースを歩けば流石に飽きてくる。

 だがそのお陰で自然と体力がついた。

 登下校も最初の頃と比べれば全然苦痛ではない。

 学校に着く時間も最初の頃と比べて余裕がある。

 校門に辿り着くと朝から騒がしかった。

 桐生と白鳥が言い争っていた。

 だがそれを見ても早足になる事はない。

 1年4組の生徒にとっては見慣れた光景である。


「桐生さん! マニキュア付けちゃダメだよ! 校則違反だよ!」

 

 ビシッと桐生の手に指を差す白鳥。


「あんたねえ……前にも言ったけど──」

「──生活指導員だから問題ないよね?」

 

 呆れた表情を見せる桐生に対し、ドヤ顔で王手を差し込む白鳥。

 白鳥は桐生の素行を正す為だけに生活指導員に立候補した。

 行動力の化身だ。ただのクラスメイトの為にそこまでするとは正に天使の称号に恥じぬ良い行いと言えるだろう。きっと前世は天使だったに違いない。いや、今も天使だが。

 他の生活指導の生徒や先生はあたふたしている。

 ヤクザと天使の板挟みにあっている。

 まあ力関係は桐生の方が完全に上だからな。

 桐生がヤクザの娘だという事は学校に通う者なら誰でも知っている周知の事実だ。

 学年問わず桐生には敬語を使う。

 教師だって桐生の顔色を伺う。

 誰もが桐生を女王の様に丁重に扱った。

 白鳥翔子を除いて。

 白鳥は桐生を特別に扱わない。

 他の生徒と同じ様に公平に扱う。


「ちっ、分かったよ」

 

 その素直な返事にその場に居た誰もが驚いた。俺を除いて。

 教室で幾度も見た光景だったからだ。

 白鳥の真っ直ぐな心が桐生の氷を溶かしつつあった。


「教室に入ったらちゃんと落としてね」

「分かってるわよ!」

 

 桐生はそう怒気を飛ばして去って行く。

 去り際に一瞬見えた横顔は俺の見間違いでなければ、満更でも無さそうに見えた。

 桐生も本心ではこう言う関係を望んでいたのかも知れない。

 今まではプライドが邪魔をし、本心を心の奥底に仕舞い込んで鍵を掛けていた。

 だが白鳥の無鉄砲さがその扉を無理矢理抉じ開けた。

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