第20話

「いや、気のせいじゃないか……?」

 

 これは仕方ない、生理現状だ。

 人間の三大欲求を意図的に制御する事なんて出来ない。腹が空けば飯を食い、眠くなれば寝る。

 

 ……みんなもそれは分かってくれるよな?

 

 先程白鳥が俺の現状をご丁寧に声に出して説明してくれたお陰で、クラスメイトは否応無しに俺の現状を知る事になった。

『言葉を濁していた』とは言え、アレでは意味がない。気付いてないのは純粋無垢な白鳥だけである。

 俺は恐る恐る顔を上げ周囲を見渡すと、女子はゴミを見る様な目で、男子は人を殺す直前の目で俺を見ていた。

 

 うん、分かってた……

 

 天使のオッパイを堪能して無事生還しようなど虫が良過ぎたんだ。

 これが因果応報。


「でも確かに何か硬い物が当たったと思うんだけど……」

白鳥が更に追い討ちをかける様に顔を下げていく。


 ──まずい!


「──俺に何か聞きたい事があったんじゃないのか?」

 

 アドリブにしては大したもんだと自分を褒めてやりたい。


「あ、そうだった!」

 

 白鳥はハッと思い出したかの様に顔を上げる。

 間一髪助かった……あと少しで純粋無垢な白鳥を穢すところだった。


「で、俺に何を聞きたいんだ?」


 再度そう聞くと白鳥は口元を手で隠しながら耳打ちして来た。


「……あの一つ気になったんだけどさ……八重島くんって桐生さんのこと好きなの?」

 

 そう遠慮がちに聞いてくる白鳥。

 耳に息がかかってこそがゆい。

 だから体がビクッと震えてしまうのは仕方ない事だ。例え女子でも白鳥にこんなことされれば体はビクッと震える。

 決して耳が弱点とか、性癖とかじゃないからな。


「……いきなりどうしたんだ?」

 

 夢見がちな少年なら勘違いしてしまいそうな展開だが、俺は騙されない。

 本物のリア充と言うのは誰にでも優しいものなのだ。

 決して『俺だから』と言う特別な理由ではない。

 勘違いするな。中学時代それで偉い目に遭った。同じ轍はもう二度と踏まない。

 人は失敗を得て成長するものである。

 いつも人の後ろを遅れて歩く俺も少しぐらいは成長している。


「だって普通の人は桐生さんを避けるからさ。気になってね」

 

 どうりで耳打ちする訳だ。これが桐生の耳に入れば、後日家にヤーさんがやって来て物理的に首が飛びかねない。

 

 バカな勘違いをしなくて良かった……


 だが安心するのはまだ早い。

 白鳥に言われるまで気付かなかったが、俺の行動は側から見るとおかしい。

自ら進んで業火に身を投じる物好きはいない。

 

 さて、どう言い訳したもんか。

 

 俺はフル回転で脳裏に考えを巡らす。


 ──友達になりたい? いや、説得力に欠けるな。これじゃ俺にメリットが無い。白鳥を納得させるだけの十分な理由とは言えない。

 

 俺はさらに考えを巡らす。

 だがいくら考えを巡らせたところで、良い案は浮かんでこない。

 

 これ以上の長考はまずいな。仕方ない──白鳥の案を採用されてもらうか。


 俺は考えをまとめると口を開いた。


「白鳥、耳貸してもらえるか?」

「うん、いいよ」

 

 白鳥が耳に髪をかける。その動作が妙に色っぽく一瞬ドキッとしてしまう。

 出てて来た耳も真ん丸で可愛らしかった。そこはかとなくハムハムしたくなる耳だ。

 

 よし、行くぞ。白鳥の耳に息を吹きかけるぞ。


 耳打ちなどオッパイを経験した俺の敵じゃない。

 俺は口元を手で隠しながら白鳥に耳打ちした。


「実はそうなんだ。桐生に一目惚れしちゃったんだ」


 桐生は側だけ見れば美人だ。美人系統で言えば間違いなく一番だ。『一目惚れした』としても何ら違和感はない。それに人にはタイプがある。気の強い女が好きな男もいる。


「確かに桐生さん美人だしね、納得だよ」

 

 白鳥はそう俺に耳打ちすると、目をつぶって『うんうん』と頷く。

『お前の方が可愛いよ』とは口が裂けても言えない。


「……この事は二人だけの秘密な?」

 

 俺はそう白鳥に耳打ちして、シーっと口元に人差しを唇に当てる。

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