第18話
「は、はひぃ!」
噛んだ。選りに選ってこのタイミングで噛んだ。
クラスから失笑が漏れる。
てめえら何笑ってんだぶっ殺すぞ!
そんな事を言えたら苦労はしない。
俺は肩身狭そうに腰を下ろす。
俺の学生生活は最悪のスタートを切った。
1
ホームルームが終わると幕内が教室を出て行く。
さて、今がチャンスだ。
いつまでも失敗を引き摺ってウジウジしていても何も始まらない。
人生は切り替えが重要だ。失敗は忘れて前に進むべきだと先人も仰っていた。
なら俺も先人の教えに倣って前に進むべきだろう。
俺は頭を切り替え、周囲を見渡す。
幸いホールルームが終わった直後のまだ静けさの残る今なら桐生の周囲に取り巻きは居ない。
動くなら今しかない。
俺はそう決意を胸に宿し立ち上がると、迷う事なく一直線に桐生の席に向かう。
近付くにつれ、俺の心を映す様に足は重くなるが、何とか桐生の席に辿り着く。
当の本人はスマホに目を落としていた。
こちらに気づく様子は毛程もない。
緊張。不安。
俺はそれらの負の感情を掻き消す様に小さく深呼吸をしてから口を開く。
「桐生さん、俺のこと覚えてるか?」
その声に反応して桐生が顔を上げる。
「……八重島よね?」
「ああ、良かった。てっきり忘れられているかと思ったよ」
媚び諂う部下の様に愛想良く振る舞う。
腸が煮えくり返る思いだが、仕方ない。これも計画の為だ。
公の場で尋問は出来ない。出過ぎた真似をすれば、周囲の取り巻きが躍起になって止める。仮に周囲の人間が無干渉を貫いたとしてもダメだ。強引な手を使って情報を吐かせれば、後で報復されて父の二の舞になる。だから帝の言うようにあくまで自発的に桐生に情報を吐かせる必要があった。その為には桐生の信用を勝ち取るしかない。信頼を積み重ね桐生の警戒を解くのだ。
「まあ、あんだけ目立ってればね」
一度終わった事をほじくり返すんじゃねえよ。そこは見なかった事にすんのが優しさってもんだろうが。
だが桐生に優しさを求めるのは間違っている。桐生は何だってあの組長の孫だ。
「緊張しちゃってさ、ははは……」
そう乾いた笑いを浮かべると──
「あ、そう」
桐生はそれで興味を無くした様にスマホに目を落とした。
人との会話中にスマホ見んなよ。画面叩きわんぞ。
だが叩き割ったら最後、後日家にヤーさんが来て脳天をカチ割られるので出来ない。
こいつバスターコール持ちの天龍人だからな。
「……あの、桐生さん?」
そう顔色を伺う様に声を掛けると、桐生は顔を上げ苛立ちを露わにした。
「何あんた? あたしのこと狙ってんの? キモいんだけど?」
歯に着せぬ物言いで俺を罵倒する。
露骨に警戒されている、な。
だがロクに喋った事ない奴にいきなり話しかけられれば誰だって警戒するだろう。
事を急ぎ過ぎた。もっと段階を踏むべきだった。俺は自分の行動を反省する。
「そうだよな。じゃあ俺はこれで行くよ」
一度引く。余りグイグイ行けば怪しまれるからだ。
恋愛の教科書にも『押してダメなら一度引け』と書いてあった。
長丁場になるが仕方ない。
時間は腐る程ある。卒業までは三年もある。
なら危険は犯さず安全な道を進んだ方がいい。『急がば回れ』だ。
俺は来た道を戻り、自分の席に腰を下ろす。その直後緊張の糸が切れてドッと疲れが押し寄せて来た。
桐生と話すのは精神的に疲れるのだ。
「八重島くん、撃沈したね」
すると白鳥に声を掛けられた。
「……見てたのか?」
羞恥心が込み上げてくる。
「一部始終を、ね」
まあ俺みたいな陰キャがクラスの女王に話しかければ気にもなるわな……
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