第14話
ボロを出さない為には寝たふりを続けるしかない。
戦略的撤退である。
ホームルーム開始までこれでやり過ごそう。
そう決意を固めたところで『ガタンッ!』と音が聞こえた。
俺は反射的に顔を上げ、右を向く。
すると白鳥は机に手をつき、前のめりで〝ある一点〟を凝視していた。
顔には白鳥とは似つかわしくない微かな怒りが浮かんでいる。
その光景を目の当たりして『仏の顔も三度まで』と言う言葉が真っ先に浮かんだ。
そして静止も束の間、白鳥は感情に身を任せる様な早足で廊下側の席に向かう。
まさか、まさかな……
だがそのまさかだった。
白鳥が桐生の席で足を止める。
「桐生さん! マニキュア塗っちゃダメだよ! 校則違反だよ!」
そして在ろう事か桐生に注意を促した。
場の空気が凍る。
さっきとは打って変わってお通夜モードだ。
自然と視線が一箇所に集まる。
誰も彼もが口を閉じ作業の手を止め、固唾を呑んで二人の行方を見守っていた。
勇気と無謀を履き違えた浅はかな行動だと言わざるを得ない。
俺は白鳥が『鉄砲玉』にならない事を神に祈った。
『触れぬ神に祟りなし』と言う言葉を白鳥は知らないのかも知れない。
取り巻き達の顔が恐怖とパンドラの箱を開けた白鳥への怒りで歪んでいる。
「あ、あなたねえ──!」
取り巻きの一人、オレンジ髪の女子が鬼気迫る表情で白鳥に詰め寄るが──
「うるさい」
ドスの利いた声が遮った。
彼女はその声に一瞬体をビクッと震わせて足を止める。
そして数秒の沈黙の後『恐る恐る』と言った様子で桐生の方に振り返った。
「……桐生さん?」
取り巻きも、まさか自分が注意される、とは思ってもみなかったのか、困惑気味だ。
額には冷やさせが滲んでいる。
同情するよ……
気の毒だとは思うが、見て見ぬ振りだ。
手を差し出したが最後、俺まで地獄に引き摺り落とされる。
「あたしがうるさいって言ったの分かんない?」
桐生が蛇の様に細く鋭い目付きで彼女を睨みつける。
すると取り巻きは『ヒィ!』とお手本通りの悲鳴を上げ、文字通り『蛇に睨まれた蛙』の様に一瞬体をビクッと震わせる。
『獅子は兎を狩るにも全力を尽くす』と聞くが本当らしい。
まあ全力を尽くし過ぎだがな。
これじゃただの死体撃ちだ。
「も、申し訳御座いません!」
すぐに頭を下げて引き下がる。正に脱兎の如く。
桐生はそんな部下の様子を見て満足したのか、標的を取り巻きから白鳥に切り替えた。
ライオンは獲物に飢えている。
「あんた? 私が誰だが分かってんの?」
先程と同じ様に蛇の様に細く鋭い目付きで白鳥を睨みつけるが──
「……誰なんですか?」
本人は何処吹く風、あっけらかんとした表情でそう答えた。
まさかの知らなかったとは。無知故の過ちか。
「──は?」
桐生もそれは流石に予想外だったらしく、鳩が真似鉄砲を食らったように口をポカーンと開け目を真ん丸と見開いて驚いている。
桐生のこんなアホ面はこれから先一生見る事はないかもしれない。
桐生はすぐに我に返りいつものキリッとした表情に戻る。
「桐生組の若頭の娘よ」
その看板は桐生にとっては誇らしいのか、声には優越感が孕んでいた。
他人の看板で粋がるなよ。小物臭半端ないぞ。
「桐生組? ああ、ヤクザの娘さんなんですか……」
白鳥は特に危機感を覚えた様子はない。
事の重大さを全く理解していない。
お世辞にも利口だとは言えなかった。
「そうよ。分かったなら身の程をわきまえなさい」
そう誇らしげに鼻を高くする桐生を見て白鳥は首をかしげる。
「分からないよ。確かにヤクザの娘さんなんだろうけど──ここではただの一介の生徒だよね?」
禁句に近い言葉を言った事で教室が再びざわつく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます