第13話

 自分の武器を有効に使っている、とは言え手際が良過ぎる為だ。無駄がない。

 一瞬でボス格を見極める観察眼も大したもの。

 当の本人は人差し指の爪にマニキュアを塗っていた。

 塗り終わるとふーふーと息を吹き掛けて乾かす。

 だが『乾かし』の行程は猫の毛繕い並みに長かった。


 どんだけ息吹き掛けてんだよ。アチアチの鍋焼きうどん食べる時の俺かよ。どんだけ猫舌なんだよ。


 桐生は『乾かし』の工程を終えると、手を前に突き出し遠目で出来を確認する。


「このマニキュアどう? 私に似合わない? 似合うわよね?」

 

 桐生はそう言って塗った爪を見せる。

 

 同調圧力パネエ。


「似合うよ! 流石桐生さんだね!」

「だよね! 私はそう思った!」

「やっぱ美人って何でも似合うね!」


 取り巻きは桐生の話に愛想笑いを浮かべながら適当に相槌を打つ。

 機嫌を取る様に媚び諂うその姿は正に上司と部下の関係性と言えよう。

 彼女達は桐生が現れた事でようやく自分達が浅瀬にいた事を理解した。

 正に『大海を知った蛙』だ。

 プライドはズタズタに切り裂かれ、ボスだった頃の名残は無い。取るに足らない三下に成り下がっている。

 だがこの選択は正しい。

 ライオンにシマウマが逆らったらどうなるかなど結果は見えている。

 長い物には巻かれろ、だ。


「おはよう」

 

 やけに通る声。

 その声に誰もが反射的に手を止め、口を閉じ、声の発生源である彼女に視線を向けてしまう。

 俺は彼女を見るなり全身に衝撃が走った。

 病的なまでに整った顔立ち。幼さの残る表情。腰付近まで伸びた枝毛一つ無い艶のある絹の様な黒髪。大きく真ん丸としたつぶらな瞳。長い睫毛。シミ一つ無い張りのある肌。小さく形の整った桜色の唇。身長は桐生より頭一個分小さいが、出るところはしっかり出ている。男子の欲望を具現化した様な発育の良い豊満な胸。肉付きの良い腰回り。正にボンキュッボン、ワガママボディーだ。メイクは所謂『ナチュラルメイク』と呼ばれるもので、素材を活かす為に最低限しか施されていない。桐生が『美人』と言う印象を抱かせるなら彼女は『可愛い』と言う印象を抱かせる。桐生とは正反対に位置する美少女だ。

 彼女はクラスの視線などまるで気にもとめずに教室に入ると、迷子になった子供の様にキョロキョロと周りと見渡す。

 その愛玩動物の様な可愛らしさに誰もが目を奪われてしまう。

 かくゆう俺もその一人だった。だがこれは仕方ない。

 彼女の一挙手一投足を目で追ってしまうのは男の性だ。

 彼女はしばらくしてハッと黒板に張られた紙に気付くとバタバタと駆け足で黒板に向かう。そして黒板で席の内訳を確認すると、何の迷いも無く俺の方に向かってきた。


 まさか、まさかな……


 そのまさかだった。

 彼女は途中で止まる事なく俺の隣の席に辿り着く。

 そして席に腰を下ろし、カバンを机の横にかけるなり俺を見た。


「私の名前は白鳥(しらとり)翔子(しょうこ)。君の名前は?」

 

 生まれてこのかた、こんな美女と口を聞いた事は一度もない。

 近くで見ると更に可愛さに磨きがかかる。細部の細部まで整っている。

 俺の心臓はとんでもない速さで波打っていた。

 とても会話出来るコンディションではない。

 雨の日のグラウンド並みに悪い。

 だが聞かれたからには答えない訳にもいかない。

 試合と違って会話は延期できないのだから。

 俺は声に動揺が乗らぬよう細心の注意を払って声を吐き出す。


「八重島京也だ……」

 

 吃らなかった事に一安心。お祝いに赤飯を炊きたい気分だ。


「八重島京也くん、ね……うん覚えた。お隣さん同士これから宜しくね八重島くん」

 

 そう屈託のない笑顔で言われた。

 

 眩しい、眩し過ぎる。

 

 あまり直視すると俺の復讐心が浄化されかねない為、顔を背ける。

 決して照れたわけではない。もう一度言うが決して照れたわけではない。


「……宜しくな白鳥」


 俺はその言葉を最後に机に顔を伏せた。

 これ以上会話を続けるとボロを出しかねない為だ。

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