第10話

 母は洗い物を俺に任せてリビングを後にする。

 そして洗い物を終えてソファーに座って朝のアニメを見て寛いでいた頃、再び扉が開いた。


「じゃあ行ってくるね京くん」

 

 専業主婦だった母は週に三回パートに入る事になった。

 母は外用の服を着て肩からショルダーバックを掛けている。

 顔色と目の下のクマは化粧で誤魔化している為遠目では分からない。

 生命保険の金が入ったため貯金はたんまりあるのだが、母はそれを使う事を嫌がった。

 出来る限り父の遺産には手を付けずに自分達の力だけで生活して行きたいらしい。

 

 まあ、母の気持ちも分かるが、根詰め過ぎだ。


 俺個人の見解としては父の遺産に頼るべきだと思う。

 そうすれば母の負担は減る。

 貯金は減る一方だが、色々調べて問題は解決した。

 仮に貯金が底を尽きたとしても俺たちの境遇なら生活保護を受けられる。

 だがそれを言ったところで母は聞く耳を持たなかった。

 やはり変なところで意固地だ。


「……わざわざこのタイミングで行かなくても……もう少し期間を空けてからじゃダメなのか?」

 

 まだ父が亡くなって間もない。

 仕事に行くとしても傷が癒えてからでも遅くないだろう、と言う旨を遠回しに伝えたのだが、母は首を横に振った。


「いつまでも甘える訳にはいかないよ。これからは私が京くんを守るんだから」

そう無理して微笑む母を見るとより一層覚悟が強くなる。


 組長、必ずお前に復讐してやる、と。


「そうか」

 

 俺はそんな決意をおくびにも出さず微笑んだ。


「うん、そうだよ」


 俺は母を玄関まで見送ると部屋に向かう。

 母の前ではいつもの俺を演じていた。

 部屋に辿り着くと机に向かって勉強する。

 最近はずっと勉強漬けだ。

 朝食をとったら昼間の時間まで勉強、昼食をとったら夕食まで勉強。夕食を食べたら深夜まで勉強。勉強時間は一日十八時間。睡眠は一日三時間。毎日がその繰り返し。俺は起きている時間の殆どを勉強の時間に当てた。

 地獄の日々だ。心休まる暇がない。だがその地獄の日々も父の事を想えば我慢出来た。


 1


 あれから数ヶ月の月日が経った。

 今日から俺は高校生だ。

 俺は見事聖秀高校に合格した。

 その事を担任や数少ない友達や母に報告したら心底驚いていた。

 人間死ぬ気でやれば何でも出来るもんだな。

 俺は自室の姿鏡の前でネクタイをビシッと締め、新しい制服に裾を通す。

 着慣れてない為、着心地は悪い。時期に慣れるだろう。

 俺は新しいスクールカバンを持って部屋を出て階段を降りると──


「お早う母さん」

 

 そう言ってリビングの扉を開けて中に入る。

 すると台所に立っていた母が振り向く。


「お早う京くん──ってカックイイー! お持ち帰りー!」


 母は俺の姿を見るなり何処ぞの鉈女みたいな事を言って擦り寄ってきた。

パートに入って最初の数日は家に帰って来るなりご飯も食べずに糸が切れた様に寝てしまっていたが、今は仕事に慣れていつもの調子に戻っている。顔色も良く目の下のクマもない。体調はかなり回復していた。


「ご飯食べたら家の前で写真撮ろうね」

「恥ずかしいから別にいいよ」

「だめ! 絶対取らなきゃだめ! この日の為に有給とったんだから!」

「わ、分かったよ……」

 

 貴重な有給を使われたのなら流石に断れない。

 母は台所に戻ると朝食作りを再開する。

 ルンルンと鼻歌交じりに。

 その鼻歌を聞くと自然と笑みが溢れた。

 ほんの少しだが、いつもの日常が戻って来た気がする。


「もう出来るから席に着いて──」

「ああ」


 俺は母に言われた通りに食卓のテーブルに着く。

 するとその直後──


「今日の朝ごはんはカツ丼です」

 

 母が丼をトレーに乗せて持ってきた。

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