第9話
このアングルからして盗撮の線はない。
桐生の写真は〝横のアングル〟からではなく〝正面のアングル〟から取られている。
写真の中の桐生はカメラ目線だ。
つまりそれが意味する事は、同意の元で取られた写真だと言う事。帝の発言とは矛盾が生じる。
「まさか此の期に及んで肖像権侵害だとは言わないだろうな?」
すると帝は長考する俺を見て何を勘違いしたのか、そんな的外れな事を言って笑った。
だが俺は笑えない。緊張が俺の体を支配する。
──追求するべきか? いや、待て。写真の出所を意図的に隠しているんだとしたら探りを入れるだけでも危険だ。あって間もない相手を信用し過ぎるのはまずい。藪をつついて蛇を出す、事になりかねない。
──てか、情報を伏せる様な奴に機密情報を渡して本当に大丈夫か?
だが信用できないとしても、やるしかない。頼れる人間は帝しかいないのだから。
「──バレちゃいました?」
俺はそう言って頭を掻き、年相応の子供を装っておく。
今は勘違いさせておいた方がいい。
「応用が利かないのは父親譲りか……」
すると俺の思惑通り帝は納得してくれた。
取り敢えず一安心。
「す、すいません……」
「一応注意しておくが内容はラインに書き込むなよ。内容は直接会って話す。定期的に俺が友人を装って会いたいと言う旨を伝える」
「なんかヤクの売人みたいですね」
「似たようなもんだからな」
「確かに……」
「──だがこれも全部君の勉強にかかっているって事を忘れるなよ?」
釘を刺される。
「は、はい……」
復讐の第一歩は勉強から始まるのであった。
1
リビングのソファーに座ってニュースを見ていると、扉が開く。
「おはよう……」
そう言うのは消去法で母しかいない。
パジャマ姿でボサボサの髪。声に覇気は無く目は虚ろで幸が薄い。
母は挨拶を交わすなり扉を閉めて台所に向かう。
母はノイローゼ気味だった。
寝不足の為か顔色は悪く目の下にクマが目立つ。
だが無理もない。父の死後『葬儀、通夜、告別式』の準備に追われ心休まる暇が無かった。話題性を呼ぶ死だったので家にマスコミが押し寄せて来てその対処に追われたのも心身共に衰弱した理由の一つだろう。
母は『俺に心配かけまい』と俺の前では平然を装い、涙も見せない。弱音も吐かない。だが長年一緒に過ごして来た俺を欺く事など不可能だ。俺を見くびらないでもらいたい。母が俺のいないところで一人涙を押し殺して泣いているのを俺は知っていた。
いつもの様に台所に立ち朝食を作る後ろ姿はどこか頼りなく見える。
気持ちが沈んでいるからか、姿勢も沈んで猫背になっている。
いつもの鼻歌も口ずさんでいない。
正直手伝いたいが、以前その旨を伝えたら珍しく激怒されたので大人しく座っておく。母親なりのプライドがあるのだろう。変なところで意固地なのは父そっくりだ。
俺はニュースを見ながら時間を潰す。
しばらくすると食欲を掻き立てる良い匂いが鼻腔をくすぐった。
「ご飯できたよ……」
覇気の無い声。
俺はテレビを消しソファーから腰をあげると、食卓に向かう。
トースターで焼いたこんがりと程良く焼き目のついた食パンの上にベーコンと半熟の目玉焼きを乗っけたベーコンエッグパン。突き合わせのトマトとキャベツのサラダ。コップ一杯の牛乳。妥協のない朝食だ。
俺はそれらを軽く平らげ食器を洗う。
洗い物は俺の担当。流石これ以上母に負担をかける訳にはいかない。
「食器は下げるだけで良いからな」
母が朝食を済ませ食器を下げたタイミングでそういった。
言わなければ自分で何でもやろうとするからだ。
「別に良いのに……」
「料理をしてないんだ。これぐらいやらせてくれ。働くざる者食うべからず、と言う言葉が日本にはあるだろ?」
「うん、じゃあお願いするね。私は着替えてくるから」
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