第8話

「父の死を乗り越えるために母型の姓に変更したい、ではダメですか?」

 

 父の死を利用するやり方だが、手段を選んでいる場合ではない。


「同情を誘うやり方か。悪くはないが確実性に欠けるな」

「──じゃあどうしろと?」

「俺に必要書類一式を預けてくれ。そうすれば後は俺が何とかする」

 

 最初からこの状況に持ち込みたかった──いや、考え過ぎか。


「預ける、ですか……」

 

 その声は決して明るくない。あって間もない人間に機密情報を他人に預けるのは真っ当な人間なら誰だって抵抗がある。

 出来れば渡したくない。

 だが渡さない事には始まらない。スタートラインにすら立てない。

 今は『悪用されない』と信じるしかない。


「分かりました……」

 

 俺は渋々と言った様子で了承した。


「ではラインを交換しよう。連絡手段が無い、と困るだろ?」

「ええ、そうですね」

 

 俺達はラインを交換した。まさか警官とラインを交換する事になろうとは。

 父は昔ながらの人間だった為、ガラケーだった。メアド以外は知らなかった。

 てか、帝のラインのアイコン猫かよ。見掛けによらず案外可愛いとかあるな……

 不良が猫拾うぐらいの衝撃を受けた。


「詳細は追って連絡する」

 

 帝はそう言ってスマホを制服のポケットにしまった。


「分かりました」

 

 俺も帝に倣いスマホをポケットにしまう。


「これで一件落着──と言いたいところだが──最大の問題はここからなんだ」

 

 その一言で不穏な空気が漂う。

『一難去ってまた一難』とは正にこの事だ。


「……最大の問題とは?」

「桐生花は組長のコネで都内ではそれなりに有名な進学校、聖秀高校に入学する事が決まっている。君はそれを推薦無しの入試で合格しなければならない」

 

 俺の全身に衝撃が駆け巡った。

 聖秀高校の入試の倍率って──確か2・00だったよな? 


「ははは……」

 

 俺は乾いた笑いを浮かべる。

 すると俺のただならぬ様子を感じ取った帝の表情が曇った。


「……君の学校での成績はどれぐらいだ?」

 

 その言葉に胸がチクリと痛んだ。

 俺の学校での成績はお世辞にも良いとは言えなかったから。


「そ、それは……」

 

 言葉に詰まる。帝の顔は怖くて見れない。


「京也くん」

 

 だがその声は逃げる事を許さない。

 先送りにすればする程、自分の状況が悪くなるだけだ。

 俺は観念した様に口を開く。


「中の下です……」

 

 その声は俺の心情を表す様に小さく儚いものだった。

 帝はそれを聞くとこめかみを押さえて溜息を吐く。


「先が思いやられるな……」

 

 落胆を隠そうともしない。

 まるで出来の悪い生徒を前にした教師の様に眉間にシワが寄っている。


「で、でも、まだ一学期が終わったばっかですし……今から必死に頑張れば……きっと大丈夫ですよ……ほらビリギャルって事例もある事ですし?」

「そ、そうか……」

 

 気まづい空気が流れる。


「あ、あの桐生ってどんな子なんですか? 見た目が分かんないと接触も出来ませんし」

 

 俺は空気を入れ替える為に強引に話題を変えた。


「ああ、それもそうだな──桐生花の写真はこれだ」

 

 帝はスマホを取り出し桐生の写真を表示させた。

 ブロマイド写真の様に美人なギャルだ。

 俺はそれを見て驚く。

だが俺は別に桐生が美人だった事に驚いたわけではない。

驚いたのは別の部分にある。


「──どうやって写真を手に入れたんですか?」

 

 入手経路について、だ。


「盗撮さ」

「盗撮、ですか……」

 

 そう悪びれもなく言った帝に対して疑問が募る。

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