第7話

 全身に衝撃が駆け抜ける。


「──え? それ本当ですか?」

「嘘をついてどうなる。全て事実だ」

 

 ごもっともだ。帝に嘘をつくメリットは無い。

 なら帝の言ってる事は正真正銘の事実。


 ま、まじかよ……


 何と言う運命の悪戯か。

 父の息子と父の仇の孫が同じ年代の中学生など。


「で、俺に何をしろと?」

 

 そう先を急かすと帝は微笑む。


「京也くん、君は自然界がどの生物が一番優秀か分かるか?」

 

 一体何なんだ、と思いつつも、話を折るのも申し訳ないので適当に答えておく。


「……ライオンですか?」

「違うさ。カメレオンさ──カメレオンはどの環境にも溶け込める」

 

 回りくどい言い方だ。話の本筋が全く見えて来ない。

 俺は痺れを切らす。


「……つまり何が言いたいんですか?」

「君には桐生花と同じ高校に入学してもらい、そこで桐生に取り入ってもらう」

「──組の内情をを探れと?」

 

 帝の言いたい事を察して先回りして答える。


「ああ、組長は孫娘を大変可愛がってる、と聞く。彼女なら何か知っていても不思議じゃない」


 まともにやりあっても勝てないから『俺の土俵で戦え』と言う事か。

 

 リスクが少なく賢いやり方だが、俺は納得出来なかった。


「いくら可愛がってる、とは言え、組織の内部情報まで堅気である孫にペラペラ喋りますかね。分別ぐらいはあると思いますが……」

「酒に酔った拍子にポロっとって可能性も無くはない。酒の席では誰でもガードは緩くなるものだ。どうだ、やってくれるか?」

 

 組を預かる身としてそんなミスをするとは思えないが、絶対ではない。

 希望的観測かも知れないが、少しでも可能性がある以上、それに飛び付くしか道はないのだ。


「やりましょう」

 

 そう帝の目を見据えて確固たる意志を伝えると帝は満足げにウンウンと頷く。


「そうか、君ならそう言ってくれる思ったよ……だが残念ながら意気込みだけでどうにかなる問題でもないんだ」

 

 前半とは打って変わって後半の声は暗く、俺の不安を掻き立てるのには十分過ぎた。


「……どう言う意味ですか?」

「まず第一に君は戸籍上の姓を変更しなければならない。君の親父さんの姓は今日中には全国に知れ渡る事になるからな。君にその覚悟があるかい? 父親から貰った姓を変える覚悟が?」

「必要ならどんな事でもやる所存です」

「なら話は早い。母型の姓は?」

「八重島です」

「君の名前──」

「京也です」

 逸る気持ちを抑え切れず食い気味にそう答えた。

「なら新学期から君は『八重島京也』だ」

「……そんな安易な決め方で良いんですか?」

 

 あまりにも適当過ぎるので思わず突っ込んでしまった。


「なんの関連性のない名前だと覚えられない。スマホのパスワードだって覚え易い様に自分の誕生日を使ったりするだろ? それに母型の姓ならバレたところで言い訳は聞く」

 

 ごもっともであった。世の中の夫婦の中には結婚する際、妻の姓を取る人もいる。子供の俺が母型の姓を使ったところで何ら違和感はない。そこまで深く考えが及ばなかった自分を恥じる。


「あの、戸籍上の変更って親の許可が必要だったりしませんよね? 母に知られるのは極力避けたいんですが……」


 母には伏せて水面下で行いたいと言う旨を伝える。


「本来ならお袋さんにも協力を仰ぐところだ。その方が作戦も円滑に進むからな。だが君の心配もわかる。必要ない、個人で出来るよ」


「そうですか……」

 

 俺はホッと息を吐く。心配事が一つ片付いた。


「安心するのは些か早いぞ。本来戸籍上の名前を変更するには大きく分けて三つの工程をクリアする必要がある。まずは一つ目は、申立書と必要書類一式を住宅地の家庭裁判所に提出する事。次に二つ目は、『やむを得ない理由』を裁判官に説明し、家庭裁判所に許可を貰う事。そして最後の三つ目は、裁判所から発行される審判書謄本と確定証明書を持って、市役所に変更の届出をする事。京也くん、君の姓は『やむを得ない理由』に該当すると思うか?」

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