第5話

「警察を殺しておいてそれで済ますんですか? 警察の面子を潰されたんですよ? 見せしめの意味も込めて組を潰しておかないと奴らは勢い付くばかりです。そうなれば被害は父だけじゃ済みません」

 

 手打ちにするには安すぎる。警官の命──父の命はそんな安くはない。

 その旨を遠回しに伝えても帝の顔付きは変わらない。落ち着きを保っている。


「警察は安全策として、流星組に関わらない、と言う方針を取るだろうな」

 

 そう淡々と言い放つ帝を見て失望と落胆を覚えた。

 警察は腐っている、腐敗し切っている。


「……警察がヤクザの脅しに屈するんですか? ──武力面で圧倒的に優っているのに何故?」

「流星組は武闘派の集まりだ。そんな流星組と事を構えればこちらもかなりの被害を覚悟しなければならない。安い給料の為に命を張れと? 誰もが君の親父さんの様に悪を成敗する為に警官になった訳じゃない。大抵が生活の為仕方なくだ。そんな彼らがヤクザとの抗争を望むと思うか?」

「──父の死の真相は見て見ぬ振りをすると? 臭い物に蓋をする、と?」

「そうするのが一番被害が少ないならそうするのが正しい──もし君の親父さんの階級がもう少し高かったら話は別だったろうがな」

 

 そのポツンと付け加えられた言葉に疑問を覚える。


「……30年以上も務めているのに父の階級は低いんですか?」

 

 30年も務めていればそれなりの地位に登り詰めているはずだ。

 社会経験のない俺でもそれぐらいの事は分かる。


「君の親父さんは同僚や上官から疎まれ煙たがられていた。出世の話が舞い込んで来なかったのも上に気に入られなかったからだろうな」

 

 その言葉で更に疑問は深まる。


「……気に入られなかった?」

 

 父は仕事人間だ。好かれる事はあっても逆はない。


「休日に業務に勤しんで来れば、無能な上官は自分達への当て付けだと思い、良い顔はしない。それに君の親父さんは何物にも媚びなかったからな。プライドの高い上官はそれが気に食わなかったんだろう」


 昇進の話も上が止めていたのか。

 正義の行いが自らのキャリアを潰すとは何とも皮肉な話だ。


「臨機応変に対応出来ていれば結果は違ったんでしょうね……」

「悔やんでも仕方ないが、その通りだ。君の親父さんはホシを上げる事に情熱を注ぐ昭和の刑事の様に融通が利かなかったからな」

「時代に取り残された男だった、と言う訳ですか……」

「今の時代、多少の悪事には目を瞑らなければ生きて行くのは厳しい。慰めにはならないが、君の親父さんは遅かれ早かれこうなっていたよ」

 

 その言葉の端に微かに後悔が孕んでいたのを俺は見逃さない。


「──帝さんもそう思ってるんですか? 警察の総意ではなく貴方個人の意見を聞かせてください」

 

 すると帝は表情を隠す様に俯く。拳は爪を食い込ませる様な勢いで握られている。


「……それは……俺だって……君の親父さんの仇を討ちたいさ……」

 

 そう絞り出した言葉には並並ならぬ感情が込められていた。

 帝の気持ちを知るにはそれだけで十分だ。


「なら警察の権限を使って組長の屋敷を家宅捜索してくれませんか? 今ならまだ何か証拠が残っているかも知れませんし?」

「無理だ。令状をとるには原則としてそれ相応の証拠の提出が求められる」

「桐生組に所属する組員が銃を使ったですよ。証拠としては十分でしょう」

「仮に証拠として成立しても無理だ。恐らく一部の上官とヤクザは裏で繋がりを持っている。証拠を提出したところで令状が発行される前に握り潰されるのがオチだ。然るべき場所に提出しなけば君の親父さんの二の前になる。俺にそんなリスクを負えと?」


『警察とヤクザは癒着していた』と聞いても驚きはない。

 多少の脚色を加えたノンフィクション映画にもこの手の汚職警官はごまんと出てくる。

 一匹や二匹ネズミが紛れ込んでいたところで何ら不思議はない。

 なら父が桐生組の組員に偶然見つかったのではなく、内通者が父が嗅ぎ回っている事を桐生組に教えた、と言う線も出てくる。

 色々と状況が複雑になってきた。


「なら裁判を起こします。それなら俺個人でも出来ますから」


 弁護士を雇うのに幾ら費用が掛かるかは見当もつかないが、金銭面は特に心配していない。

 父は生命保険に入っていた為、保険金はたんまりと入ってくる。

 あとは母を説得するだけだ。


「オススメできないな。桐生組には優秀な顧問弁護士がついている。勝てる見込みは万に一にも無い、と言っていい。今後の事を考えるなら金は使わず貯めておくべきだ」

「そうですね……」

 

 俺は納得はいかないものの渋々了承した。

 俺の作戦は裁判で勝つことが前提で組まれている。

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