第4話


「父らしいですね……」

「まあ結局ヤクザの報復を恐れる住民が口を割る事は無かったがね……」

 

 そう皮肉な笑みを浮かべる帝を見て疑問が生じるのは当然のこと。


「……何故父は警察に協力を要請しなかったんですか? ──父一人では手に余りますよね?」

 

 そう確信を突いた質問を投げかけると帝はバツの悪そうな顔をする。


「身内の恥を曝す様で忍びないが、署に勤務する警官は事務的に仕事をこなすだけだ。給料分の働きしかしない」


 触れぬ神に祟りなし、か。

 誰だって厄介ごとに関わりたくはない。火の粉を浴びたくない。

 それは俺だって同じだ。

 俺だって他人の事情にワザワザ首は突っ込まない。

 なら俺に警察を責める権利はないだろう。


「射殺──ということは凶器は銃だったんですよね?」

「銃──より正確に言うならリボルバーだな。恐らく海外から輸入したんだろう。輸出経路を隠す為に銃の製造番号はヤスリで削られていた」


 下っ端は文字通り『鉄砲玉』として使われた訳か……


「……父は苦しみましたか?」

 

 そう自然と声が漏れ出たのは父を想ってのこと。


「頭を撃ち抜かれて即死だったよ。現場に居た我々が犯人を取り押さえ、君の親父さんの元に駆け付けた頃には既に息を引き取った後だった。救急車を呼ぶ暇もなかった」

 

 苦しまずに逝けたのか……なら良かった……


「実行犯はその後どうなったんですか?」

「奴は現行犯で捕まった。弁解の余地は無い。証人は我々警察だからな。罪状は銃の不法所持と第一級殺人。今は留置所に拘留されているが、時期裁判が始まれば否応無しに執行猶予なしの実刑判決が下され『無期懲役』が言い渡される。『警官殺し』じゃ檻の中で幾ら模範囚として過ごしても仮釈放は望めない。残りの人生は一生檻の中さ」

 

 その言葉を聞いても俺の心は晴れない。俺の顔付きは変わらない。それは分かりきっていた事だ。俺が聞きたいのはそんな上部の内容ではない。もっと根本的な問題であった。


「……組長は捕まるんですよね?」

 

 そう念を押す様に確認するが、帝の表情は硬い。


「君なら内心わかってると思うが──それは不可能だ。犯人は捕まった──これでお開きさ。 ──分かったな?」

 

 帝は聞き分けのない子供を叱りつける母親の様にそう言った。

 だが俺は中学三年生、聞き分けない子供であった。


「実行犯は、ですよね。裏で指示を出した指示役はまだ捕まってませんよ」

 

 下っ端が『独断で警官の殺害を計画する』とは考えづらい。

 現に『警官殺し』は重罪だ。実行すれば本人だけでなく組にも迷惑がかかる。

 単独で実行する筈がない。確実に上からの指示があった。

 そして誰の発案にしろ、組長の許可無しに『警官殺し』は実行出来ない。

『警官殺し』はそれ程の案件だ。


「終わりだ。向こうは事を荒立てない為に生贄を差し出したんだからな」

 

 白々しい。よくそんな事を抜け抜けと言える。アレは『トカゲの尻尾切り』だ。末端を切り捨てただけに過ぎない。

 組織を壊滅されるには根本を叩く必要がある。

 脳がある限り血液は回り続けるのだから。


「なら下っ端の犯行動機は何ですか? 何と供述したんですか? 事情聴取はしたんですよね?」

 

 そう囃立てると帝は頷く。


「勿論したさ。私も取り調べには同行した。だが奴は自供したが、組の内部事情は何も吐かなかった。あくまで『自分が単独でやった』と頑なに主張した。刑事が奴に犯行動機を尋ても、一度でいいから警察を撃ちたかったんだ、と愉快犯じみた事を口走っていたよ」

「そんなのって……」

「十中八九上からの指示だろうな。徹底されてた。都合の悪い質問には全て『黙秘権を行使する』の一点張り。尋問で誘導されぬ様に先手を打たれていた。試しに耳元で司法取引を持ちかけてみても、顔色一つ変えやしなかったよ。調教は万全だった。免責処分を棒に振られては手の打ちようがない。カメラで撮った映像は犯人を犯人だと断定する証拠にしかならなかったよ」

「──無理やり吐かせれば?」

 

 その言葉を聞いて帝は眉を顰める。


「今のご時世に暴力を使えって? 古い刑事ドラマの見過ぎだよ。確かにヤクザは訓練を受けた兵士じゃない。暴力に訴えれば口を割って指示役や銃の輸出経路を吐く可能性はある──だがそうした暴力は警察の過失に繋がり、犯人に減刑のチャンスを与える材料となってしまう。名をあげたい弁護士は確実に裁判でそこを突いてくる。犯罪者にも人権はある、と頑なに主張してな」

 

 人権か。『人を殺しておいて人権が適用される』とは、日本の法律は欠陥だらけだな。

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