第3話
「いえ、電話口ではイタズラ電話だと疑って聞く耳を持たなかったでしょう。制服を着た警官に警察手帳を見せられ口頭で内容を伝えられたからこそ、俺たちは信じたんです」
自分でも驚く程にスラスラと言葉が出てきた。
帝はそんな俺を見て感嘆の声を上げる。
「驚いたな……実の父親が死んだ、と言うのに妙に落ち着いている。普通君の様な年頃の子は現実を受け入れられず取り乱すものだが……」
「母にはもう俺しか居ないんです。 ──俺がしっかりしなければ天国の父に顔向けできません」
「俺は君を見くびっていたよ。理不尽な怒りをぶつけられる事も覚悟していたからね」
「帝さんに責任はありません。父を殺したのは帝さんじゃありませんから」
「その歳でもうそれ程の卓越した考えを……流石あの人の息子と言ったところか……」
帝は父と目の前の俺を重ね合わせる様にそう言った。
「父はどんな仕事をしていたんですか? 仕事の内容までは知らなくて」
父は警官だ。だがお世辞にも『良い父親』とは言えなかった。
父は家庭よりも仕事を優先する人だったから。
小さい頃に遊んでくれた記憶など一欠片もない。
俺が物心ついた頃には既に仕事で家を空ける事が多かった。
家族サービスとは無縁で、たまの休日も仕事だと言って家を空けていた。
外食に行く時はいつも母と二人、長期の休みに旅行に連れて行って貰った事は一度もない。
『急な仕事が入った』とかで、出産にも立ち会わなかったらしい。毎日夜遅くまで出勤し、家族が寝静まった頃に帰宅する根っからの仕事人間。『そんな父を恨んでいなかった』と言えば嘘になる。
俺は父親の愛情を求めていた。
子供心ながらに父親に愛されたかった。
仕事よりも自分を選んで欲しかった。
だが父は家の事は全て母に任せきりで俺には目もくれなかった。
俺に必要以上に干渉する事はなかった。
だから家族なのに他人の様に父を知らない。
「……親父さんから聞いてないのか?」
「自分の事を余り話さない人でしたから……」
父は家にいる時の大半を書斎で過ごしていた。
居間に訪れるのは食事、ニュースや新聞を読む時ぐらいだ。ゆっくりと腰を落ち着かせる事はない。
その事が俺の表情越しに伝わったのか、帝は昔を懐かしむ様に微笑む。
「そうだな……そう言う人だったな……なら俺の口から話そう……もう時効だろうからな」
そう言うと過去を振り返るように語り出す。
「……君の親父さんは俺と同じ署の勤務だった。平日は署に籠って事務作業に勤しみ、休日は誰に強制される事なく街の見回りをする。残業手当も出ないボランティアなのにだ」
それを聞いて第一に驚きが押し寄せる。
そうだったのか……休日出勤じゃなかったのか。
父は自警団の様に治安の維持に努めていた。
『少しでも蓄えを残してやりたい』とか、そんな父親としての感情が芽生えた上での行動だと期待していた自分が馬鹿らしい。
確かに父は善人だ。表彰されるべき警官の鏡だ。
だが父親としては正しくなかった。
ボランティアとは貴重な休みを返上してまでやる事だろうか?
家族を蔑ろにしてまでやる事だろうか?
その時間を家族との時間に使って欲しかった、と子供心ながらに思う。
「……父は誰に殺されたんですか?」
すると帝は一瞬答えるを躊躇うが、『俺が引かない』と見るなり直ぐに観念した様に口を開いた。
「……はぐらかしたところでどうせ後でニュースや新聞でバレる事だから正直に話すが、君の親父さんを殺したのは桐生組に所属する下っ端の組員だ。名を黒宮慎二と言う」
『桐生組』と言えば、流星会の傘下にある有名なヤクザだ。
桐生組は頻繁に暴力沙汰を起こす為、たびたびニュースやネット記事で取り上げられていた為俺でも知っている。
「──何でそん奴らに父が?」
父は反社会勢力と裏で連み私腹を肥やすタイプでは無い。
なら恨みを買って消される前提すら成り立たないだろう。
その旨を遠回しに伝えると帝は苦虫を噛み潰した様に苦しげな表情を見せる。
「君の親父さんは流星組を摘発しようと躍起になっていた……情報は自分の足で稼ぐ、と言わんばかりに流星組の組員がよく出没するエリアで聞き込みを行なっていたよ」
その答えに自然と納得がいく。
父は生粋の警官だ。警官になる為に生まれてきた様な男だ。
そんな正義の塊──いや、正義に取り憑かれた父にとって我が物顔で堂々と夜の街を練り歩く暴力団の存在は目の上のたんこぶであり不快で仕方なかったのだろう。
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