第2話 

 嫌な予感がする……

 

 簡単な要件を伝えるだけなら、俺に言伝を頼むだけで済む筈だ。

『それをしない』って事はつまり──それだけ重大な要件だと言う事。

 気が引き締まるのも当然であった。


「はい……今呼んで来ます……」

 

 俺はそう一言断りを入れてからその場を後にする。


「母さん、警察が来てる」

 

 俺はリビングの扉を開けるなりそう言った。


「え? 宅急便じゃなかったの?」

 

 振り返ってそう呑気に首をかしげる母。

 やはり事の重要性を全く理解していない。

 出来ればこのまま巻き込みたくはなかったが、そうはいかない。相手は母をご指名だ。それに父の事なら母には知る権利がある。母は父の妻なのだから。

 俺は意を決して口を開く。


「今警察が来てる……」

「……パパじゃなくて警察?」

 

 母は不思議そうに首をかしげる。母の心情も当然であった。


「ああ……」

「うん、今行くね」

 

 母は笑顔でそう言うと、エプロンを外し、俺の後ろをトコトコとついてくる。

 これから散歩でも行くかの様に足取りは軽い。


「あの、何の要件なんですか?」

 

 母は玄関に辿り着くなりそう言った。


「そ、それは……」

 

 帝は帽子のつばを摘んで顔を伏せる。

 その行動は『心情を悟らせたくない』と言う不安の表れ。

 次の言葉を吐き出すのを躊躇っている。

 子供の様な母の表情が更にそれに拍車を掛けていた。

 辺り一面に静寂が満ち、刻一刻と時間が過ぎ去っていく。

 これは帝が覚悟を決めるまでの時間だ。

 だが時間をかければかける程、帝の心を蝕んでいく。

 異様で異質な空間。

 流石の母も異変に気付き、口を挟まず帝の言葉を待っている。

 真剣味の帯びた表情で帝の目を見据えている。

 その真っ直ぐな目から逃げる事など許されない。答えを先送りにする事など出来ない。

 最初から退路など存在しないのだから。

 やがて帝は観念した様に口を開く。


「今日昼前、栃木警察署の前で矢口宗次郎(そうじろう)巡査が射殺されました……」

 

 ──は?

 

 身構えてはいた。衝撃に備えてはいた。

 だが帝の口から吐き出された言葉は俺の予想を遥かに超えていた。

 ショックで頭が真っ白になる。

 情報を処理できない。


「お悔やみ申し上げます」


 帝は脱帽し、頭を下げる。

 その直後、母は事切れた様に気を失う。

 倒れそうになったところを間一髪帝に支えられた。


「大丈夫ですか!」

 

 その声でハッと我に返る。

 

 何やってるんだ俺は……息子の俺がしっかりしなければ。

 

 夫を失った妻の心情は計り知れない。

 父が亡くなった今、頼れる相手は俺しかいない。

 父の代わりに俺が母を守らなければならない。

 そう思うと自然と責任感が芽生えた。


「寝かせて来ます」

 

 俺は帝から母を奪い取る様に受け取ると、お姫様抱っこし、そのまま寝室へ運んだ。

 そしてベッドの上に寝かせ、布団を肩までかぶせてから玄関に戻った。

 戻るなり帝は申し訳無さそうに顔を顰める。


「……電話口で伝える内容ではない、と踏んで直接足を運んだ次第だが……これを見るに失敗だったな……」

 

 帝はそう後悔の念を口にするが、俺に帝を責める気は毛頭無かった。

 確かに母に対する配慮はお世辞にも足りていたとは言えない。

 心情を推し量る術も持たずとも、他にやり様は幾らでもあった。

 だがそれを除けば帝の対応は概ね正しかったと言える。

 それが分かっているからこそ俺は帝を責める気になれなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る