復讐を誓って学園に潜入した俺だが、いつの間にかラブコメになっていた件

霧島優

第1話 


 俺の名前は八重島やえじま京也きょうや。黒髪、黒目。特にこれと言った特徴のない平凡な顔立ち。平均的な身長。学校での成績は芳しくなく期末ではいつも中の下。かと言って他の分野で特に秀でた面も無く、部活は無所属。お世辞にも『文武両道』とは言い難い学生生活を送っていた。幸いクラス内カースト最下位のグループに所属していた為、気さくに話せる友人は居るには居たが──彼女はいない。告白した経験も──された経験も無い。何処にも居るごく普通の中学生三年生だ。これが普通と呼べるかはさておき。


 時刻は午前十一時を回ったところ。今は夏休み真っ最中の為、家でゴロゴロとテレビを見て寛いでいた。

 お昼時の台所にはエプロン姿の母が立ち、ルンルンと鼻歌交じりに料理を作っている。

 テンポ良くリズミカルに刻まれる音が心地いい。

 俺はそんなありふれた日常に幸せを噛み締めていた。

 だがそんなありふれた日常は突如として崩れ去る。

 インターホンのチャイムが鳴った事によって。


「京くん! 今手が離せないから出て!」


 振り向きざまにそう叫ぶ母。

 流石に無視する訳にはいかない。働かざる者食うべからず、だ。


「ああ」


 俺は素っ気無い返事を返すと、テレビを消し、ソファーから腰を上げ、インターホンに向かう。そして辿り着くや否やカメラを覗くと、そこには父ではない警官が写っていた。

 俯いている為、表情までは伺えないが、少なくとも父ではない。

 

 ──何故警察がうちに?

 

 俺に思い当たる節はない。

 かと言って『母が事件を起こした』とは考えづらかった。

 俺は母を誰よりも良く知っている。母は家族を巻き込んで非行に走るタイプでは無い。かと言って『何か事件に巻き込まれた』とも考えづらかった。客観的に見ても、もし何らかの事件に関わっているなら、あんな鼻歌交じりに料理は出来ないだろう、と母の背中を見て思う。

 なら残るは消去法で父しかいない。

 

 ──父が何らか事件に巻き込まれた?


『父が事件を起こした』とは微塵も思わない。

 だが何らかの事件に巻き込まれたのなら、電話一本でも入れれば済む話だ。ワザワザ人を寄越す必要はない。

 俺はどことない不安に襲われる。


「誰? 宅配便?」

 

 母の呑気な声で我に返った。


「あ、ああ……」

 

 無駄に不安を煽る発言は慎むべきだ。俺の考え過ぎで終わる話かも知れない。

 俺は通話ボタンを押さずにリビングを出ると、バタバタと駆け足で玄関に向かう。

 通話ボタンを押さなかったのは『警察が来た』と母に悟らせない為。通話ボタンを押せば会話の内容が母に筒抜けになってしまう。

 無礼なのは百も承知だが、背に腹は変えられない。礼儀よりも母が大事だ。

 俺は駆け足で玄関に辿り着くと、そのままの勢いでサンダルに足を突っ込み、扉の取っ手に手をかける。


「どなたですかー」

 

 そして無知な子供を演じて扉を開けた。

 すると警官は顔を上げる。

 開幕飛び込んで来た顔は──美形だ。同性の俺でも一瞬見惚れてしまう程の。


「お昼時に申し訳無い。俺はこういうものだ」


 警官はそう名乗って警察手帳を見せる。

 俺はその声にハッと我に返る。

 

 何をやっているんだ俺は……

 

 俺は自らの行いを恥じ、意識を目の前の警察手帳に移す。

 警察手帳には文字通り『巡査・みかど晴臣はるおみ』の氏名と、若かれし頃の顔写真が印刷されていた。

 本物の警官だ。昔父が寝てる隙にクローゼットに掛けてあった制服から警察手帳を拝借した事が幸いした。

 勿論警察手帳これが精巧に作られた偽物だったとしても、素人の俺に見抜く術は無い。しかしその可能性は極めて低いと言える。何故なら俺の父が警官だからだ。警官の家に入る詐欺師が何処にいると言うのか。仮にその程度の事も事前に下調べせず犯行に及ぶ詐欺師なら、こんな精巧な警察手帳は作る術は持ち合わせていないだろう。以上の事から彼は本物の警官である。


「……何故警察が俺の家に?」

 

 俺は額に冷や汗を滲ませ、緊張の孕んだ声色で尋ねた。


「君のお袋さんを呼んで来てくれるか?」

 

 その言葉に自然と気が引き締まる。

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