第32話

希月さんと共に入場門に到着。

ざっと周りをみると既に茜と他のメンバーも門のところに集まっていた。


「彩美!あとヨッシーも!こっち来なよー」


「茜がうるさいわね」


「本当は嬉しいくせに?」


ドスンとわき腹に手刀が入る。

彼女の中で最近のトレンドなのだろうか。

結構痛いからやめて欲しいんだが。


「二人とも本番はバトンミスしないでよね。全校生徒の前は恥ずかしいぞー?」


「茜こそ張り切りすぎてこけたりしないでよね?」


「大丈夫!私こういうところでミスしたことないから」


しっかりとフラグを立てていく茜さん。

本当に大丈夫なのか心配だ。


「俺は可も不可もない走りを目標にするよ。自宅謹慎中はあんまり身体動かしてないから全力でやりすぎると空回りしそう」


「なら今のうちに全力で準備運動してなさい。多分アンタが一番目立つと思うから」


「へ?それはどういう―」


「茜ー、向こうで一緒にストレッチしよ」


俺の言葉を遮るように、希月さんは向こうへ行ってしまった。

茜も首をかしげながら彼女の後ろを追っている。


「一番目立つって……一体になにするつもりなんだよ」


底知れない不安を感じながら、俺はひとり身体を伸ばすのだった。


***


『位置について!』


スピーカーからの声に校庭が一気に静まった。

かくいう俺は心臓が一層高鳴っている。

ここまで緊張するのはいつぶりだろう。


希月さんがスタートの構えをとる。


そしてスターターがゆっくりとピストルを空に掲げた。


『パンッ!』


大気が弾けた。

同時に、歓声が沸き立つ。


様々な音に後を押されながら第一走者が駆け出した。


「うわ、希月さんはえー」


コーナーを曲がったところで首位に立っているのは希月さんだ。

綺麗な髪を靡かせながら、安定したフォームでこちらに向かっている。


最後の直線に入る。

一瞬、彼女が笑った気がした。

そんな仕草につい見惚れてしまう。


「やばい。準備!」


寸でのところで思い出し、テイクオーバーゾーンに入る。

軽く助走をしながら後ろに意識を向けた。


「さ、頑張ってきなさい」


希月さんの声が聞こえる。

バトンはスムーズに俺の手に収まった。


「よし!」


バトンを握り締め、ギアをあげる。

俺の距離は200m。

全力疾走しても体力は持つはずだ。


第一コーナーに差し掛かる。

その時、スピーカーからすぅ…と誰かが息を吸う音が聞こえた。


聞き覚えがあった。

以前、間近で聞いたことがある。


『京弥!』


続けざまに俺の名前を呼ぶ声が聞こえる。

覚えが確信に変わった。

もう何が何だか分からないけど、彼女の声が聞こえて少し胸が高鳴る自分がいた。


『順位落としたら承知しないからね!』


【あとがき】

読んで頂きありがとうございます。

新作、公開します。

読んで頂けると嬉しいです。

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