第24話

「別に謹慎明けても来ていいなら来るよ」


「あはは。それは彩美に申し訳ないからダメ」


「……なんで希月さん?」


苦笑いしながら茜は俯く。

そんな彼女の姿は見ていられないほど痛々しかった。


「私のこと彩美から聞いた?」


「えーっと、うん。少しは」


茜は、そっかと呟くとぽつりぽつりと話し始めた。


「……前からあったんだよね」


「え?」


「あいつはビッチだアバズレだって、陰で言われてるのを偶々聞いちゃうことが」


「そっか……」


彼女の口ぶりからは複数回、そんな場面に遭遇したことが伺える。


しかも、その噂は真実じゃない。

一体どんな思いで聞いていたのか。


「その時は別にここまで落ち込むことなかったんだ。ま、こんな格好してるしそう思われるのも仕方ないかーって」


「今回だってそう。登校して黒板見た瞬間またかって思った。誰がやったかなんて一目瞭然だし幼稚だな~ってそう思った、んだけど……」


止まることのなかった彼女の語りに陰りが出始める。


自分の感情を言語化するなんて到底できることじゃない。

ましてや、思い出したくないような嫌な感情なんてなおさら。


「なんかね、みんながすっごく遠く見えた。クラスメイトが全員敵みたいな、教室で私一人だけ孤立してるみたいな」


確かに俺が見た感じ周りのクラスメイトは、茜のところへ行こうとはしていなかった。

そんな中、ちゃんと彼女に向き合っていたのは希月さんだけ。


「あれ、私1人なのかなって。あいつらが来て私の前でなんか言ってた時も、なんか教室のみんなから言われてるような感覚になって、すっごい怖くなって………それで逃げちゃったんだ」


言い終えると同時にこちらを向いて茜は力なく笑った。

その姿を見て、胸が締め付けられる。


「ごめん。なんか気の利いたこと言えないかも」


「ううん。そんなの求めてないよ。話聞いてくれるだけで楽になるから」


俺の言葉に茜は再度、力なく笑顔を見せる。

だが、その表情には明らかに落胆の感情が読み取れた。


ヤバイ、と思った。

ここでなにか言わないと茜が終わってしまうような気がした。


俺は無いに等しい頭をひねり、かける言葉を探し回る。


「け、けどさ!あの教室で茜は一人じゃなかったんじゃないかな」


「…え?」


咄嗟に口から出た科白に、思いのほか茜は反応を示した。

ここで畳みかけるしかないと、俺は覚悟を決める。


「だって希月さんだけは絶対に茜の味方じゃん。茜は知らないかもだけど希月さんさ……………………」


俺は沢山のことを話した。

希月さんが語っていた、茜に関する色んな心配や誉め言葉、そして感謝を。


希月さんからストップがかかっているものもあったが、茜のことをどう思っているか十分伝わる内容だと思う。


「それマジ?」


「うん。マジ」


俺の話を聞いた茜は、手で顔を覆った。

小さな声で「そっかー彩美がねー」と呟きながら。


少し鼻をすする音が聞こえるが、それが悲しみから出てくるものでないことは明らかだった。


「も~彩美も素直じゃないよね。ヨッシーが言ってくれなかったら私知らないままだったよ」


顔をあげた茜は、この三日間で一番の笑顔を見せてくれた。

いつもの茜が少しだけ戻ったような気が知った。


「けどさ、一個だけ言わせてもらうね」


「ん?どした?」


「彩美のとこヨッシーにしてたら私好きになってたかもよ?」


「……は?!何言って―」

「あはは、もう遅いよ~」


そう言って軽口をたたく彼女は、久しぶりだ。


彼女はもう大丈夫だろう。


***


『ピンポーン』


「あ、誰か来た」


「ちょっと待ってねー。確認してくる」


パタパタと音を鳴らしながら茜は玄関へ向かいドアを開ける。

すると、こちらに馴染みの声が聞こえてきた。


「お、彩美じゃーん!入って入って」


「え、ええ。お邪魔します……」


「も~なに驚いてんの?ヨッシー!彩美が来たよー」


茜に肩を押されながら、希月さんがリビングに入ってくる。

その表情は、まるで狐につままれたようだった。


茜がそのまま飲み物を取りに行ったので、リビングにて二人きりになる。


「久しぶり」


「うん。久しぶり……茜あれ無理してないわよね?」


「無理はしてないと思うよ」


それならいいけど…と希月さんは不安げな顔を見せる。

その表情を見ていると、希月さんにとってどれだけ茜が大事なのか切に伝わってきた。


「何じっと見てるの」


「え、いや何もないよ」


「本当?」


返答を怪しく思ったのか、希月さんから訝し気な視線が飛んでくる。

俺はバツの悪さから、その場を離れようと立ち上がった。


「茜!何か手伝えることある?」


「なーい。もうそっち行くから座っててー」


「お、おう」


敢え無く撃沈し、そのまま元いた場所に座り込む。

希月さんからの視線はさらにその力が増しているような気がした。


「茜……?」


「ん?茜がどうしたの」


「え、いやだって謹慎前までは五六さんって—」

「私はヨッシーって呼んでんのに自分は名字呼びってなんか嫌じゃん。だから変えてもらったのー」


丁度いいタイミングで、キッチンから戻ってきた茜が希月さんの質問に答える。


「……そうですか」


「希月さん?」


「知りません。良かったですねー仲良くなれて」


そっぽを向いて、希月さんはそう答える。

俺は何やら雲行きが怪しくなるのを感じたのだった。


【あとがき】

読んで頂きありがとうございます。

次話は、彩美の可愛い回です。

(………の内容が絡んできます)


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