第22話
「もういい。ありがと…」
希月さんにそう言われ、俺は抱きしめていた手を緩めた。
ゆっくりと離れていく彼女を見て、じんわりと名残惜しさが込み上げてくるのを感じる。
「なに?私の方じっと見て」
「ううん。なんでもないよ」
だが、頬を染めジトーっとこちらを睨む彼女を見ると、そんな名残惜しさはすぐに愛らしさへと変わっていった。
「……ていうか私なんでアンタが暴力沙汰になったのか聞いてないんだけど」
「あー、先生にも理由言ってないから誰も知らないと思うよ」
「そんなに邪な理由なの?先生にも言えないくらい」
「そういう訳じゃなくて…」
俺は希月さんに今朝の出来事を説明する。
朝、彼らが五六さんの悪口を言っていたこと。
それを録音していたが、途中で聞くに堪えなくなったこと。
感情を抑えきれず、手を出してしまったこと。
一部始終を話し希月さんの方を見ると、彼女の目が点になっていた。
「え、どしたの」
「いや、それ言えば処分されなかったかもしれないのにって思って」
「あー、確かにそうだけどさ。このことは先生に言いたくなかったんだよね」
俺の言葉に希月さんは、首をかしげる。
そんな彼女の様子を見て俺はさらに続けた。
「だって学校に言ったからって五六さんの件をちゃんと対応してくれるって保証はないじゃん。現に俺は暴力沙汰を起こしたけど、3日っていう短い時間の謹慎で済んでるし。俺が言えた口じゃないけどあいつらにはしっかり痛い目にあって欲しんだよ」
言い終えてから1分、2分と時間が流れる。
しかし、彼女から口を開く気配は感じられない。
「えーっと、やっぱり学校に相談したほうが良かったかな。今からでも先生に—」
「ちょっと黙って」
ピシャリと沈黙を命じられ俺は口を噤む。
希月さんは、俺の方を一瞥することもなくずっと何かを考えているようだった。
手持ち無沙汰なまま数分。
今度は、希月さんの方から口を開いた。
「ね、その録音したって音声は今聞けるの?」
「うん。スマホにあるよ」
「流して」
彼女に言われるがまま俺はスマホを開き、件の動画を再生する。
『ほんっとに昨日の反応は傑作だったよな』
『それなー。すっきりしたわ』
『てか五六の件ってマジなの?彼氏がいたことは噂になってたけど』
『え?知らね。でもあんな容姿だしどうせヤリマンだろ』
『まーそうだよな。あ、そうだ。今回の件許してやるから一発ヤらせろって言ったらいけそうじゃね?』
『確かに!お前頭いいな』
スマホのスピーカーから割と鮮明に男二人の声が聞こえる。
姿を映してはいないが、クラスメイトが聞けば普通に彼らだと分かる程度の音質だった。
「今すぐあのゴミどもを葬りたいけど、それは置いといて……この動画私に送ってくれない?」
「ん、いいよ」
俺はメッセージアプリを開き、希月さんの名前を探す。
「あれ…希月さんと連絡先交換してたっけ」
「……そういえばしてないわね。クラスのグループから追加できる?」
言われた通りにクラスグループから友達追加をして希月さんのトーク画面を開く。
メッセージが届くか確認のためにスタンプを送信。
希月さんの方からも猫が手を振っているスタンプが返ってきた。
「へー、希月さんってこういうスタンプ好きなんだ」
「うるさいバカ。早く動画送りなさい」
先ほどまでの緊張が消えたのか、頬を赤らめながら催促する希月さん。
微笑ましく思いながら、俺は言われた通り動画を送る。
希月さんはすぐに動画を保存するとこちらの方に向き直った。
「彼らのことは私に任せなさい。ちょっと準備に時間がかかるかもしれないけどしっかりと制裁を下せるように手配するわ」
「その準備って危ない事じゃないよね?」
「安心して。何人かに協力を仰ぐだけよ」
彼女のセリフを聞いてホッとする。
何をするかは分からないが、わざわざ嘘をつく事でもないだろう。
「私は学校内でできることをする。だからアンタには学校外でできることを頼みたいの」
「学校外でできること?」
「そう。茜のメンタルケア」
「……それこそ希月さんの仕事じゃない?」
俺は盛大にツッコミを入れる。
ただでさえ、五六さんと仲良くなったのは最近なんだ。
それに、あんな目にあった人の心のケアなんて俺に務まるはずがない。
「しょうがないでしょ。アンタが自宅謹慎になっちゃったんだから」
「……返す言葉もありません」
「アンタならできると思って言ってるの。これでも結構信頼してるんだから………でも、手出したら殺すわよ」
「わ、わかりましたー」
ちょっと素直に褒めといて、最後にはちゃんとくぎを刺すとか本当に希月さんらしい。
多分、彼女には一生敵わないんだろうと切に感じたのだった。
【あとがき】
更新遅れてすいません。
次回更新は、7月3日(月)です。
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