第20話

「それ本気で言ってる?」


「勿論本気だけど」


彼女の目を見るが、曇りは見られない。

俺が肯定したら本当に実行しそうだ。


「も、もうちょっと考えた方が良いんじゃないかな」


「十分考えたわよ。けどこれが一番手っ取り早いし傷つく人が少ないわ」


「………」


確かに希月さんが素の性格をバラしたときに実害を被るのは本人だけ。

被害は少ないだろうが、俺は乗り気になれなかった。


「別に大したが理由あって猫被ってるわけじゃないしいいで…」


「良くない!」


突然の大声に希月さんの肩がピクリと動く。


「ど、どうしたの。そんな大声出さなくても聞こえるわよ」


「ご、ごめん……」


希月さんに窘められ、深呼吸。

目の前にあるコーヒーを口に含み、一度感情を落ち着けた。


「ていうかアンタが否定する理由ないじゃない。何か被害受けるわけじゃないでしょ?」


「そうだけど嫌なんだよ」


「なんでよ」


「それは………」


言えるわけがない。


「素の希月さん」を見せるのは俺だけにして欲しいなんて。


変に希月さんに独占欲を持ってる自分も、五六さんが大変な時にこんなことを考える自分も知られたくない。


「ごめん。なんでかは言えないけど俺は反対する」


「あっそ」


多分、賛成して貰えると思ってたんだろう。

希月さんはこれ以降、一度も俺と目を合わせてくれなかった。


気まずい雰囲気のまま、ファミレスを出て帰路に着く。


「じゃ、私こっちだから」


「うん。また明日」


彼女に背を向け、俺も家の方へ歩き出す。


恐らく、希月さんは明日から学校で猫を被るのをやめるだろう。

クラスのみんなに素の姿を見せるようになるだろう。


そのことを考えるだけで、胸が締め付けられるような気がした。


「五六さんが大変な時に何考えてんだ。俺は」


その日は、家に帰った後もモヤモヤした気持ちが消えず、とても寝苦しい夜だった。


***


「やっばい。全然寝られなかった」


希月さんと気まずい別れをした次の日。

俺はいつもより相当早い時間に教室への階段を上がっていた。


「昨日は全然寝れなかったし、早く教室行って寝よっと」


重たい脚を引きずり、教室までの長い廊下を進む。

通り過ぎる教室には人っ子ひとりおらず静かな空気が流れている。

コツンコツンと自分の足音が響くくらい。


だが、教室に一歩、また一歩と近づくごとにその空気は変わっていた。


「……?誰かいるよな」


そんな予想は、俺の教室の手前まで来たところで確信に変わる。


「ほんっとに昨日の反応は傑作だったよな」

「それなー。すっきりしたわ」


に俺はサッと身をかがめスマホを取り出す。

会話を録音しておけば、証拠として使えるかもしれない。


「てか五六の件ってマジなの?彼氏がいたことは噂になってたけど」


「え?知らね。でもあんな容姿だしどうせヤリマンだろ」


「まーそうだよな。あ、そうだ。今回の件許してやるから一発ヤらせろって言ったらいけそうじゃね?」


「確かに!お前頭いいな」


どこかで聞いたことあるゲスな笑い声が廊下まで響く。


この音声を希月さんに渡せば、万事解決だ。

俺の行動の正解は、このままバレないように教室を離れ希月さんのところへ行くこと。


そんな事は分かっている。

百も承知だ。

だが、俺の身体は言うことを聞かなかった。


「何言ってんだよ。お前ら」


単純な怒りか、正義感か、はたまた罪悪感かもしれない。

何が根源か知らないが、俺は彼らの会話を聞いて今までにないほど激高した。





ちゃんと正気を取り戻したのは、廊下で女子生徒が悲鳴を上げるのを聞いた時だと思う。


気がついた時には、俺の制服には彼らの血が滲んでいた。


【あとがき】

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