第19話

「茜、今日はもう帰りましょう」


希月さんは、黒板を綺麗にし終えると五六さんの席に行ってそう告げた。

だが、五六さんからの反応はない。


「茜?聞こえてますか?」

「……」

「茜?」


何度も何度も呼びかけるがやはり返事はない。

希月さんは一旦、五六さんのもとを離れ、教壇に立った。


「皆さん。今回の件で心当たりがある人はいませんか?」


教室中のざわめきが静まる。


正直クラスの誰もがこれをやった犯人に心当たりがあるはずだ。

しかし、証拠が何もないので発言することができない。


発言することで次は自分が標的になるかもしれないから。


異様な緊張感がクラス中を包む中、その空気を破るように入口から足音が聞こえた。


「あれー?朝からクラスみんな集まって何してんの?」


ニヤニヤした表情で件の彼ら、松村と阪木が教室に入ってきたのである。


「なんでお前ら後ろに固まってんだ?てか五六どうしたんだよ。一人で机に突っ伏しちゃって」


薄ら笑みを浮かべながらの彼らの言葉は白々しい。

若干だが、希月さんがこぶしを握り締めるのが見えた。


「なぁ、聞こえてんのか?おーい」


覗き込むように阪木が身をかがめる。

その瞬間ガタッと大きな音を立て、五六さんが立ち上がった。


「帰るね」


五六さんは希月さんにそう告げると足早に教室を去る。


一人っきりで。


そんな姿が、少し前の自分に重なる。

胸が締め付けられると同時に、そっと背中を押されたような気がした。


「茜!ちょっと待ってください!」


希月さんが五六さんの後を追い教室から出る。


そして、俺自身も希月さんに続いて教室から飛び出した。


***


「あのゴミ共め………証拠掴んだ瞬間、地獄を見せてやるんだから」


平日の昼下がり。

あの後、二人で五六さんを家まで送り、いつものファミレスに入店。


昼休憩の会社員たちに囲まれながら、俺と希月さんは店の奥、ファミリー席に腰かけていた。


「証拠なんか無くてもいけるんじゃないか?クラス全員誰がやったかなんて分かってるだろ」


「それだとまだ言い訳の余地があるでしょ。茜をあんな目に合わせたんだから完膚なきまでに叩きのめすに決まってるじゃない」


「あぁ……なるほど」


今までにないくらいキレている。

これまで何度か愚痴を聞いてきたが段違いだ。


「アンタだから言うけどさ……あの子すっごい堅い子なの」

「堅い?身持ちがってこと?」


希月さんは頷くとさらに口を開く。


「裏垢に書いてたから知ってると思うけど、私はずっと茜から相談受けてたから分かる。あの見た目だから誤解されることは多いかもしれないけど、元カレが初めての恋人だったらしいし恋愛経験が特別あるわけじゃないの」


「そうなんだ……」


正直、自分も少し誤解してるところがあった。

今度会ったらちゃんと謝らないと。


「だからこそイラつくのよ。刑務所にぶち込めないかしら。名誉棄損?いや、傷害罪でもいける可能性あるか……」


「ちょ、一旦現実的なことを話そうよ」


「……そうね」


希月さんは、渋々俺の提案に頷く。

そのままにしてたら弁護士に相談しに行きかねない。


「これからどう動く?」


「まずは茜の噂を消してあげたい」


「だな。デマ情報ならなおさら」


お互いの意見は合致しているが、空気は重たい。

それは人の噂を消すのがどれだけ難しいか知っているからだろう。


「何か方法でも思い浮かぶ?」


「いや……時間が解決してくれるだろうけど」


「それじゃ遅すぎるでしょ。75待ってられないわよ」


「だよな。うーん……もっと強い噂で上書きするとか?」


「そんなの………いや一理あるかも」


一度は否定しようとした希月さんだったが何か思いついたのだろうか。

俺の提案を肯定すると深く考え始めた。


「ね、もしもなんだけどさ」


希月さんは手元を震わせながら口を開く。


「私が素のまま学校に行ったら上書きできるかな」


「…………は?」


【あとがき】

読んで頂きありがとうございます。

是非、★(評価)&♥(応援)よろしくお願いします。


また、更新が大幅に遅れてしまい本当に申し訳ありません。


次回更新は、6月23日(金)の予定です。


楽しみに待っていただけると嬉しいです!

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