第6話

「お前…あれはマジでないから」

「あははは。ごめんごめん。でもあの時のアンタの顔本当に面白かったぁ」

「こいつめ…」


希月さんの笑い声が夜のファミレスに響く。

俺は、彼女の笑顔を見ながら、ジュースに口を付けた。


「で、今日は本当に俺の愚痴を聞くためだけなのか?」

「…というと?」

「どうせ希月さんも何か話したいことあるでしょ。…隠さないで話したら?」

「…なんかムカつく。なんでお見通しなの」


俺の言葉に希月さんは、少し不貞腐れるが、すぐに口を開いた。


「いや、いつものように愚痴…もあるんだけど、それ以上に相談したいことがあってね」

「相談?珍しいな」


珍しいと言ってもこうやって彼女と話すのは3~4回なので、何とも言えないが。


「男子にさ、松村君と阪木君っているじゃん」

「ああ。そいつらがどうしたんだ?」


松村と阪木は、うちのクラスの男子である。

今日、本田君にリレーの代役を押し付けて早々と練習に行こうとした連中だ。


「別に実害が出てるわけじゃないから考えすぎかもしれないんだけど、ちょっと態度が鼻につくのよね…」


「ほうほう…ん?鼻につくだって?」


「そう!今日だって本田君に役目を押し付けようとしたり、練習中だってミスした人にすっごい視線飛ばしてるしマジでイラつく」


「おいおい。個人的な感情かよ」


彼女からの相談と言われ、少し身構えたがどうやらいつもの愚痴らしい。

俺は肩の力を抜き、背もたれにもたれかかった。


「それもあるんだけどさ、ああいう連中って正直言ってなんだよね」


彼女からでた邪魔という言葉を聞いて、緩んだ体に再度力が入る。

確かに希月さんは誰かに対して愚痴を言うが、決して排除しようとかそういった類の言葉は使ってこなかったのだ。


「邪魔?」

「そう。一番厄介な邪魔ものよ。体育祭って厄介なものでさ、勝利主義を唱えたらいじめも多少目をつぶられるの」

「それってどういう…?」


彼女の言葉が分からず、思わず聞き返す。


「そうね…例えば凄い走るのが遅い生徒がいて、その生徒のせいでリレーで負けてるとするじゃない?」

「うん」

「その場合に、リレーに勝つって目的で、その生徒にきついランニングメニューを組むのは悪かしら?」

「…メニューの重さによるけど一概に悪とは言えないんじゃないかな」


俺の言葉に彼女は深く頷いた。


「そう。それが厄介なの。今の松村君と阪木君はまだそこまではいってないわ。けどもし善意でそういうことを始めて、終いには目的が勝利ではなく苛めに変わったら?」


「うわぁ。考えたくない」


「そうなの。しかもあの二人って…あんまりこういう言葉使いたくないけどカースト上の方じゃない?」


「まあ言わんとすることは分かる」


彼らは、2人ともバスケ部に入っている。

実力もあるらしく既にレギュラー級の扱いを受けているみたいだ。


「ま、考えてるようなことが起こらないことが一番なんだけどね」


彼女は、そう言うとベルを鳴らし店員を呼ぶ。

そして、何故かコーヒー、しかもブラックを頼んだ。


「あれ?希月さんコーヒー嫌いって言ってなかった?」


俺がそう言うと、彼女は口を尖がらせそっぽを向いた。


「別に?誰かさんでも飲めるなら私でも大丈夫だと思って」

「誰かさんでもとは?」

「…さぁ?」


明らかに俺のことだろう。

以前、自販機のところで話したことを引きずっているのか?


注文から数分後、希月さんのオーダー通り、いれたてのブラックコーヒーが運ばれてくる。


「よ、よし。飲むわよ」

「そんな緊張してるなら飲まなければいいのに」

「う、うるさい!」


彼女は、恐る恐るカップを持つとそっと口に含んだ。


「ん…って苦いよぉ」

「だから言ったのに」


一口飲んだだけでしたをべーッと出す希月さん。

その仕草が子供っぽくて可愛い。


このまま、コーヒーに苦しむ希月さんを見ていてもいいが、今日俺の愚痴を聞いてくれたお礼に助けてあげるのもいいだろう。


「あ、希月さん靴紐ほどけてる」

「え?おかしいわね…」


希月さんが、テーブルの下にかがんだ瞬間、シュガースティックを二本ばかりとり、さっと彼女のカップの中に入れる。


「ねえ、全然ほどけてないんだけど」

「あれ?おかしいな。見間違いかな…」

「…ふん」


彼女は、靴紐の確認をして、再度コーヒーに挑もうとカップを持つ。


「あ、コーヒーって混ぜると苦さが緩和されるらしいよ」

「なにそれ。初耳なんだけど」

「希月さん普段飲まないからしらないんじゃない?」


よっぽど苦かったんだろう。

希月さんは素直にコーヒーを混ぜ、緊張した面持ちで口に含んだ。


「にが…くない?あれ苦くない」

「ほら、言ったとおりでしょ?」

「うん!私ブラックコーヒー飲めた!」


俺の言葉に彼女は何度も頷き、嬉しそうに顔を輝かせた。

なんか本当に子供っぽくて可愛いな。


「これで今度からブラックコーヒー頼める!」

「ははは。良かったね」


この日、ブラックコーヒーのネタバレはしなかったが、まあ大丈夫だろう。


***


最後の愚痴大会から4日ほど経過した。

体育祭までついに2週間を切ったということもありクラスのムードは高まっている。


「てか、なんで体育祭の一週間前に球技大会があるんだよ。この学校頭おかしいのか?」

「それな。まあ、俺たちのクラスなら両方とも優勝確定だけどー」


前の方で、阪木と松村が会話している声が聞こえる。


この時、希月さんから聞いて話は、既に頭から抜け落ちていた。


【あとがき】

読んで頂きありがとうございます。

そろそろ「体育祭編」的なものに入っていきます。

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