第4話
時刻は朝の7時を少し過ぎた頃。
俺は、最寄りの駅から猛ダッシュで学校へと向かっていた。
「やばいやばい。マジでやばい」
昨日の帰りに希月さんと約束した時間はとっくの昔に過ぎている。
急いで校門をくぐり靴を履き替え教室への階段を上がる。
「ごめん。希月さん!」
教室のドアを開け辺りを見渡す。
しかし昨日のように教壇に希月さんはいなかった。
「あれ?希月さんいな…あ、寝てる」
自分の机に荷物を置き、椅子に座る。
横を向くと、丁度こちらを向いてすやすやと寝ている彼女の寝顔が見えた。
「昨日から色んな顔見てるな」
優等生な裏月さん。
素のちょっとワガママな希月さん。
そして希月さんの寝顔。
連日の体育祭の練習で同じように疲れがたまったのだろうか。
隣に座っても全く起きる様子もない。
「寝かせておくか」
俺が教室に入って、大体30分ほど経っただろうか。
彼女はまだ半開きの目をこすりながらぐーっと背伸びを始めた。
「あ、希月さんおはよう」
「ふぁ!?」
希月さんは聞いたことがない悲鳴を上げ、目をパチクリさせている。
「おはよ…」
そして恐る恐る挨拶を返してくれた。
「え、どういうこと?今日も話聞いてもらおうと思って早くきて、けど時間になってもアイツ全然来ないから少し机に突っ伏して、気づいたら意識がなくて…って私寝てるじゃない!」
「そうそう。ぐっすり寝てたから起こしちゃまずいかなって」
希月さんはマジかぁと再度机に突っ伏す。
が、何かに気づいたのかすぐに顔を真っ赤にして姿勢を正した。
「ってことはアンタ寝顔見たの?」
「…なわけないじゃん」
嘘である。
めっちゃ見たし何なら写真まで撮ろうと思った。(撮ってはないけど)
「絶対嘘じゃん!え、見ただけよね?写真なんか撮ってないよね?」
「撮ってないって」
「撮ってたら訴えてやる」
そう言って睨みつけてくる希月さんだが、頬を赤らめ恥ずかしそうにする姿に可愛いという感情しか出てこなかった。
「で、なんで約束の時間に来なかったわけ?」
「寝坊して電車に乗れず遅れてしまいました。すいません」
「寝坊したなら走ってくればいいじゃない。どうせそんなに遠くないんでしょ?」
確かにうちの高校の生徒の大体は徒歩で通える距離に住んでいることが多い。
なので基本うちの生徒はチャリ通学だ。
「俺は電車使っても3~40分かかるぞ?」
「…駅どこよ」
「湖坂」
俺の返事に彼女は深いため息をつく。
「一緒なんだけど」
「え、マジ?」
「マジよ。中学生の時に引っ越してきてからずっと湖坂」
「でも中学に希月さんいなかった気がするけど」
「中学は私立だもん」
なるほど、と俺は合点する。
湖坂は、一部に高級住宅街があるため恐らくそこに住んでいるんだろう。
「そうだ。今日の夜、駅前に来れる?」
「行けるけど…何かあるの?」
「もうみんなが来だす時間だから話せないでしょ。駅前にファミレスあるから今日はそこ」
希月さんは時計を指さしてそう答えた。
そしてそのまま髪を下ろしドアの方へ歩き出す。
「じゃ、私職員室に用事あるから」
「ワガママだなぁ」
俺は彼女の後ろ姿へ小さな声でそう呟いた。
***
「流石に理不尽じゃない。それに先生も気づくべきだと思うの」
「た、確かに…そこまで考えたことなかったわ」
現在時刻、21時過ぎ。
19時くらいに始まった希月さんの愚痴大会は、2時間たった今も衰えを知らず続いていた。
最初の方は、愚痴だけだったが今は学校はもっとこうした方が良いだの、最近こんなことがあっただの関係ないことも交じり始めてる。
「もう9時か。話がスラスラでてくるから全然気づかなかった」
「アンタが聞き上手なんじゃない?知らないけど」
「え、希月さんが俺を褒めた…?」
「…ふん」
2人の間に少し気まずい空気が流れる。
頬を染めてそっぽを向く彼女は、裏月さんの時には見られないとても魅力的な表情だ。
俺が希月さんに魅入っていると突然、横から声をかけられた。
「お?吉河君かい?」
「田中さんじゃないですか。今仕事終わりですか?」
「そうそう。仕事終わりに家族とね」
見ると、田中さんの後ろには小学生くらいの子供とその子と手を繋いでいる女性の姿があった。
「ねえ、どちら様?」
「ああ、同じ草野球チームで野球やってる田中さん」
希月さんはこんばんわ、とかるく頭を下げる。
礼儀正しいのは素でも一緒なんだろう。
「あれ、吉河君彼女いないって言ってなかったか?」
「いませんよ。彼女はただのクラスメイトです」
俺の言葉に、田中さんはニヤニヤしながら俺と希月さんを交互に見る。
「とか言って狙ってるんじゃないのか?」
「もう悪ノリやめてくださいよ。気まずくなるじゃないですか」
その後、田中さんは奥様に連れられ店の奥へ入っていた。
「ごめんね。いきなり知らない人が来て」
「そんな気にしなくていいわよ。てかアンタ草野球やってたんだ」
「あー、確か学校では言ったことなかったっけ」
学校では野球部に勧誘されるのが面倒くさいので基本言わないようにしている。
まあ、公表したところで殆ど勧誘なんてないと思うけど。
「それもそうだし、私のお父さんも草野球やってるのよね」
希月さんの言葉で二人の間に沈黙が流れる。
「いや流石に同じチームではないと思うけど…」
正直、同じチームかどうかは分からない。
下の名前で呼んでいる人も多いし、そもそもフルネームで全員を覚えているわけではないのだ。
「よね。流石に違うよね」
この後、強引に希月さんが話を変えたことでこの件はうやむやになった。
が、個人的に心配事が増えたような気がするのだった。
【あとがき】
読んで頂きありがとうございます。
次回から『ちょっとしたハプニング回』を予定しておりますので、是非フォロー&★評価をしてお待ちいただけると嬉しいです。
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