第13話 父さんだった




 一番に枇杷の舟笛の音色を聞いてほしいのは、乃蒼だったはずなのに。

 頭の中に思い浮かんだのは、父さんだった。


 小さい頃、父さんは俺を太ももに乗っけて冒険の書を持ちながら、『霞月』国で過ごした日々を聞かせてくれた。太ももに乗っけられなくなるくらい大きくなってからもずっと話してくれた。いつもいつも優しい顔で、優しい声で。

 会いたくならない。

 訊いたことがある。

 『霞月』国のみんなに会いたくならない。

 父さんは言った。

 会いたい。

 会って、色々話したい。たくさん。

 『霞月』国にいる時は、なんやかんや目まぐるしく時間も場所も過ぎて行って、あまり話す時間がなかったから。

 じっくりゆっくり話したい。

 ありがとうって言いたい。




(俺も)




 言いたい。

 一番に。

 言いたいのは。




(ごめん。乃蒼。俺が今、一番にありがとうを伝えたいのは)




 『霞月』国に無事に連れて来てくれた父さんだった。




 枇杷の舟笛を吹きながら心の中で謝った凛太郎は、ぺしぺしと涙が流れる頬に何かが当たるなあと思ったら、その何かは乃蒼の黒くしっぽだったことに気づいた。

 涙を拭ってくれているのか。

 涙を流すなと怒っているのか。

 乃蒼が何を言いたいのかはわからなかったが。

 姿を見せてくれて、しっぽで伝えようとしてくれている乃蒼の行動に胸が詰まって。


 静かだったはずの涙が、ふがっふごっ、など、大きな音を出しながら流れるようになってしまった。

 もちろん、枇杷の舟笛を吹いたままである。











(2023.5.5)


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