第8話『分岐を提示、分刻みの定時』

 可瀬のスマホには、部長からのライン、「楽器体験の準備が出来てないからいい感じに場を繋いでください!」という文字。

 可瀬が捻り出した答え、それが、「自己紹介ゲーム」である。

 自己紹介ゲームとはなにか。それは、分からない。

 分からないから、盛り上がらない。

 その得体の知れない、無差別殺人のような感じがするゲームに、皆は戦々恐々として、知りたいのに質問が喉のところでせき止められていた。

 その重苦しい雰囲気に可瀬は窒息しながら、思い付くままに「自己紹介ゲーム」なるものを作り上げていく。

「自己紹介ゲームってのは……順番に一つ自己紹介を回していくものなんだけど、えーと、それを回していくたびにテンションをあげなきゃいけないという、ゲーム……それが自己紹介ゲームです!」

 可瀬にとっては完璧にやりとげたアドリブであるようである。どや顔の仙人もびっくりのどや顔だ。

「それでは、私から」

 そう言って、可瀬は唐突に手をバシンと叩き、右腕を回転させながら両腕を大きく開く。その声は少し裏返り気味である。

可瀬かせ雨紗うさで……」

「みんな~、準備できたからこっち~」

 唐突に音楽室に入ってきた小境こざかい瑠華るかは、なんとも奇妙な体勢を一年生たちの前で披露している可瀬と目が合い、ゆっくりと音楽室から顔を退いた。

「ちがっ、これはちがうの!」

 小境を追う可瀬に、一年生たちは笑いを漏らしながらついていった。


 小学生ぶりに吹いたユーフォニウムがユーフォニアムと名を変えていたことにショックを受けていた副島と、シングルリードの神秘を解き明かすことができなかった南居なごやかは、二人で廊下をちまちま歩きながら話していた。アダージョよりもずっと遅い速度。

 そして、フルートパートでしおれる程「音でたすげー!」と言われた平も加わってきた。

「あれ、二人って仲よかったん?」

「与夏こそ、ゆいゆいを知ってたの?」

『ゆいゆい』という聞き慣れないあだ名に顔をしかめつつも、平は顔色一つ変えない。

「知ってるもなにも、ソウルメイトだからな」

「いやいやや、ただのクラスメイトだよ」

 副島はすっとんきょうな声でつっこんだ。

「私は、金曜日に帰り道が一緒だったから」

 その南居の左の頬を後方から掠めて、可瀬がすっとんでいった。

「ごめんそこの一年生たち、五時までにこの校舎出て!」

 有無を言わさずに可瀬は上の階へ消えた。

「五時までって、あと何分?」

 平はなにも付けられていない手首を見て、副島がスマホの電源をいれる。

「あと……三十秒だ!!」

 急げ!


「くそ! 私にはもう歩くエネルギーが無い! こんな距離さえ……」

 平は昇降口ぎりぎりのところでうずくまっていた。

 副島は手をさし伸ばす。

「平さん、このグリコのキャラメルを食べて回復するんだ!」

「しかし、やかがいないままでは、意味がない!」

 副島は頭を抱えた。

「あと五秒もない!」

 副島の肩が叩かれた。

「なっ、南居さん!」

「やか……!」

 南居は微笑む。

「うるさいぞ」

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