第7話『NormalⅡ』

 副島は目を覚ました。それはホームルームが終わった時であった。彼の記憶は六時限目から全く途切れていた。

 ゆっくりとあくびをしてから五秒後、全てを悟った彼は机に手をついて起立した。彼は掃除場所へ急ぐ。

 校舎内を行き当たりばったりに進むなかで何度も「もう掃除は終わって、自分が行く必要はないだろう」という思いがよぎったが、そこはさすが副島。理性が勝利した。

 せっせと小走りに調理室へ向かう副島。あとはここで右に曲がれば到着という瞬間に、角から平が歩いて飛び出してきた。

 その出来事に驚いて急停止しようとしたものの、足裏にだけ摩擦が働いてしまったためにすってーんと転けて、さらにでんぐり返しまでしてしまった。

「悠衣、大丈夫?」

 立ち上がって裾を払い、副島は答える。

「だいじょーV」


 氷河期の雪解け。

「というかもう掃除おわっちゃったけど、なんか体調でも悪かった?」

 副島はこの言葉に内心どきっとしつつも、完璧で究極の平静を装って返事をした。これは恋の鼓動ではない。

「ま、まま、ま、ま、そそそそそそんな感じ」

「いい夢見れた?」

「なんだ、理由を知ってて泳がせたな」

「こういうのは面白いものをみるために使わないともったいないからね」

 そのまま副島は意思なく平の後ろに着いていった。

 副島は曲がり角で平に近づいた時に、四十秒前から頭に巡っていた疑問を聞いた。

「そういえば、この前吹奏楽部に見学しに行ったとき、平さんはすぐにいなくなったけど、どこ見学してたの?」

「いやそのまま帰ったよ」

「人を勝手に送り込んどいて、帰ったの!?」

「うん。見るところなかったから」

 副島はやっと気がついた。平の異常性に。しかし副島は気がついていなかった。自身の異常性に。

 そうしてまた音楽室の前に来た副島を、平は力いっぱい押す。彼女の力と彼の摩擦が拮抗している間に、開いている音楽室の重い扉から可瀬が顔を出した。

「あ! 今日は二人で来たんだね、ささ、どうぞこちらへ……」

 今日も即刻帰るつもりだった平まで可瀬の笑顔は引き込んだ。

 可瀬は時計を一瞥、扉ごしの廊下を見て、スマホを確認、二度見……七十五度見してから集まった一年生たちに告げる。

「えーと……」

 可瀬はしばらく考え込んでから、やっと前に向き直った。

「じ、自己紹介……ゲーム!」

 氷河期の再来。

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