第三十話  『家族』だという人たち

 業は頷いた。


「そうだと思った」


 驚いたのは≪模倣犯≫だけだった。シュナも、そして業も、お互いを見つめるだけで何も言わない。何もしない。≪模倣犯≫は「へぇ」と小さく呟き、関心した。


「どこでそう思ったの? 似てはないようだけど」

「直感。幼少期に別れたきりで面影というのもわからなかった」

「私もそうです。なんとなく、そうかなーって」

「ふぅん。不思議なものだね」


 日が登っていく。太陽は影を伸ばしていき、三人を見下す。時期は11月。明確な日付は不明。冷えた空気が白く、そしてコンクリートは赤黒く彩る。


「じゃあ、シュナ。君の話を聞かせて?」

「っ」


 それは、シュナに向けられた圧。正義を貫こうとする≪模倣犯≫の、見極めようとしている時の癖。


「僕は今まで、君は『正義のため』に生きる仲間だと思っていたよ。今も思っている。だからこそ聞きたい。君は何を想って、彼の周りにいたんだい? そしてなぜ、今ここにいるのか。改めて聞かせておくれよ」


 肩に置かれた手は、その小さなそれを優しく包み込んでいる。逃がさないようにと強く握られているわけではないだろう。シュナはそれを振り払おうとはしていない。だが、手を添えるようなこともない。宙ぶらりんなシュナの両手は、空を掴んで離さない。


「わた……しは……」


 震えた声が、空気、そして鼓膜を揺らす。


「兄を助けたかったんです」



     ✢



 シュナが物心ついたとき、もうすでに『母』という存在は曖昧なものだった。

 家には知った顔と知らない顔が不定期できて、自分の身の世話をする。決まった時間に食事をして、適当に過ごさせられ、決まった時間に寝るよう言われる。部屋は一人だった。扉の向こうからは誰かの声がする。何度か声のする方に行こうとして、ひどく怒られた。それ以降、寝るように言われてからは声を恋しく思う生活。


 それが、崩れた。両親が離婚し、父と呼ぶべき存在が自分を育てた。けれどその父も崩壊していた。呟いていたのは「家族のために頑張っていたのに」「俺の頑張りは何だったのか」「俺は何なんだ」と自問自答ばかり。その頃にはすでに『甘える』という行動がわからなくなっていたシュナをも、父は気味悪がった。父は離婚する前と同じかそれ以上に仕事に没頭するようになった。養育費も払わなければならない。借金も背負ったようだ。シュナの世話は二の次になる。


 中学校に上がった頃。空木と同級生となった。周囲の空気について敏感になっていたシュナは、せめて学校では上手くやろうと自分を偽る。明るく、真面目で、時々抜けている。愛嬌をもって敵を作らず。負担にならないよう立ち回る。周囲の評判がシュナを作った。それがシュナにとっては安心で、居場所だと錯覚した。家はもう居場所ではなく寝場所だった。


「シュナ、今日はどこ行く?」

「どうしようかー。もういろんなところ行っちゃったしねー」


 同級生の、空木うつぎ 緋鳥凛ひとり。まだ垢抜けない彼女はシュナと親し気にしていた。


 空木も家庭的に放任されている。不仲ではないが関心は薄く、所謂『悪いこと』をしなければ自由にしてよいという教育方針。空木もそれを苦に思ったことはない。むしろしがらみや拘束を嫌う彼女は心地よくも思ったていた。


 シュナも空木も、放課後は部活に入らず、家にも帰らず、ただ気になったところに行く。それが良い所、悪い所、良いこと、悪いことは置いといて、二人のキツすぎない空気感をお互いに好いていた。


「たまには公園でも行く? ブランコぶらぶらーって」

「緋鳥凛はブランコすきだね」

「すきだねぇ。空飛んでるみたいじゃない?」

「こどもか」

「中坊ですー」

「確かに」


 いつの頃からか、お菓子を買って公園に行き、ただ話す、もしくはただ過ごすだけのことが多くなった。お菓子だけなら出費も多くはない。家に帰って、夕飯も食べずに風呂に入って寝れる。緋鳥凛は満たされていた。シュナは、満たされていなかった。


 シュナはつまらなかった。何気ない日常が。緋鳥凛といるのは苦ではない。すきだった。けれどつまらない。彼女が惹かれるのは世間一般で言う『悪いこと』。ダメだとわかっているから手は出ない。足も出ない。けれど気は向いてしまう。


 生存確認用のスマホで調べる。自分にはできない『悪いこと』をしている人たちについて知る。人を殺すことに興味はない。殺したらそれで終わりではないかと思っているから。ただ、どうしてそういう行動をとったのか、その思考回路と人物像に興味がある。


「あ……」


 気になる記事を見つけた。言葉巧みに人を操り、自分の満足のいく結果をもたらす。それは犯罪立証が難しく、けれど『悪いこと』に分類されるもの。


 シュナには思い当たる節があった。

 自分の母親は、なにか『悪いこと』に誘われ、鵜呑みにし、『悪いこと』にいいように使われたという。酔っぱらった父がよく溢していた。

 その時も思った。


「人って、よくわからないけど……思った通りに動かせたら楽しいだろうなぁ」




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