第三十一話 かつて仲の良かった人たちへ

 そこからは人間への興味が高まった。同い年。年上。年下。友達。クラスメイト。同級生。先生。先輩。後輩。関係者。他人。お店の人。近所の人。『みんな違ってみんないい』なんてことを思うことはなかったが、みんな違った行動をする。どうしてそうするのか。何を考えているのか。わからない。わからない。それが楽しい。


「シュナ、最近楽しそうだね?」

「そうかなー? んー、そうかも?」

「何があったのー? 教えてよっ」

「なーいしょっ」


 シュナにとっては緋鳥凛も観察対象である。一番近くにいて、自分に興味がある人間は緋鳥凛ぐらいだったから。けれど、そんな緋鳥凛ともこの日を境に会うことは減ってしまう。


「シュナは高校はどこ行くんだっけ」

「三駅ぐらいいったとこ」

「なんでそんなとこー? 一緒に行きたかった」

「なんとなくー」


 この周辺の人間に飽きたのが本音。シュナが行こうとしている高校は評判が悪い。だからこそ、シュナは行きたかった。今まで真面目な人間が多かった。その逆の環境で、どんな人間がいるのだろうかと。


 緋鳥凛は棒付き飴を咥えながらブツブツと文句を言う。彼女は近所の学校に通うらしい。会いに行こうと思えば会える距離だ。シュナはそこも疑問だった。なぜ、自分にこんなに懐いているのだろうかと。


「ねー緋鳥凛」

「んー?」

「なんで私と一緒にいるの?」


 口から飴が落ちた。緋鳥凛は慌てて拾うが、砂まみれになった雨をいくら3秒以内とはいえ再度口の中に放り込むことはできず。残念そうに「あー」と呟いて、包み紙で包んだ。


「なに、今更?」

「なんとなくー。なんでだろうなーって」

「んー、聞かれると難しいけど、一番はやっぱ楽だから? あとはなんか、放っておけない危うさ? みたいなのがあるからかなぁ」

「危うさ?」

「そう。なんか、どっか行っちゃいそうな感じ?」

「ふーん?」


 その話題はそれ以上広がることもなく、少し照れた様子の緋鳥凛によって話題を変えられた。

 シュナと緋鳥凛が話したのは、それが最後。お互いがそれぞれの高校に進み、連絡を取る頻度も次第に減っていった。


 ある日のこと。シュナは中学の頃と変わらず、部活に入らず近所をぶらついていた。ふと、昔懐かしの公園に言ってみようと思い立つ。そして、見たのは。


「……誰?」


 見覚えはない。けれど、どこか懐かしい雰囲気がある。わからないけれど、目が離せない。誰。誰だ。シュナの生きた僅か十数年。初めての感覚。目が離せない。しばらくは周囲の人間に怪しまれながらも、その場に留まっていた。


 緋鳥凛に連絡を取った。


「今日懐かしの公園行ったらが男がぼっちでいた」

「まじか」

「うん。たぶん緋鳥凛と同じ高校の人」

「まじかっ。今度行ってみよう」

「まじでか」


 ――あ。


 ふと、思いつく。あの懐かしの雰囲気。もしかしたら、と。もし同学年ならば。もし、緋鳥凛が名簿を持っていれば。確かめられる。


「緋鳥凛にお願いがあるんだけど」

「ん?」


 シュナは緋鳥凛を使い、男の名前が自身の兄と一致することで、確信を得た。そこから、シュナの興味が兄へ一直線になる。


 兄はどんな生活をしていたのだろう。母はどうしているのだろう。それは、純粋な心配、そして興味だった。シュナは直接のやり取りを避ける。緋鳥凛には「今更生き別れの兄に会ってもよくわからないから」と適当な理由を言った。緋鳥凛はシュナに言われた通り、兄と交流を続けた。たまにシュナと直接会って、懐かしみつつも兄の様子を伝える。


 兄を後を追って、どんな家に住んで、どんな生活をしているのかを知る。母は可哀想なことになっていたことのを、この時点で漸く知る。見るからにゴミ屋敷の環境で。家を観察しているうちに、一人の女性が出てきた。シュナ自分を適当に扱った母は、今や廃人のような生活をしていた。


「~~~~~~っ!!!!」


 言い得ぬ快感がシュナを襲った。自分や兄をいいように扱っていた母が、実はいいように使われていて、母すらもゴミ屋敷を形成する一つのゴミの様になっている。思わず口を押えないと発狂しそうだった。身が震える。急いでその場を離れた。そして自覚した。


「私は努めて幸せを感じていた人間が落ちていくさまを見るのが好きだ!」


 微かに残る母の記憶が、シュナの趣向を刺激した。今までこれと言った刺激もなく、実につまらない人生。何が楽しくて生きているのだろうと。初めて自覚した、自分の好きなコト。


 けれど、好きな事を見聞きするのは限りがある。努めた人間が落ちていくさまを目の当たりにするなんて、そうそうないことだろう。

 ならば、と考えた。


「私がやればいいんだ」


 シュナの目に光が宿る。

 近しい人間では失敗したときに面倒な事にもなるだろう。一番最初に目を付けたのは、緋鳥凛。純粋に自分を心配してる人間は、自分にも尽くしてくれやすい。


 兄の情報を貰うため、交流を継続させた。交流させるためにお菓子も持たせた。落とすにはどうしたらいいだろうか。緋鳥凛を落とす?それとも、他の誰かを落とす? 考えろ。どうしたら楽しいことになる。


 必死に考えている時。父がやつれて帰ってきた。なんだかんだ言いながらも、兄や母のことを心配していた。兄の状況を知れば、喜ぶだろうか。

 兄の状況をよく知る緋鳥凛と会わせることにした。中年男性と、女子高生。一見、怪しそうな関係。そんな状況、そのままでいいのか?

 シュナは母にコンタクトをとった。怯える母に、私は泣きついた。


「会いたかったよ! お母さん! お願い、助けて!」


 舌足らず、言葉足らずに伝えた。しばらく会っていない娘が、自分の知っている娘の記憶と重なるよう、敢えて幼く振舞った。


「お母さんとまだ一緒に暮らしていた時から、お父さんはいろんな人と遊んでいた。お母さんはいいように使われたんだよ。可哀想なお母さん。お父さんと出会わなければ、お母さんはもっと幸せだったろうに」


 シュナの言葉は、廃人となって不幸のどん底にいる母の心に火をつけた。

 自分が不幸なのは、あいつのせいか。と。怒りと不条理の矛先が見えれば、まともな精神状況と判断能力を持たない人間ならば、衝動的に動いてしまうだろう。


 街中の。人々が行き交う場所で。

 母は、父と友人を滅多刺しにした。

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