駄目な大人とうんこな子供
福山典雅
駄目な大人
僕は駄目な大人だ。
ここは適度な自然と適度な都会が、ミックスナッツみたいに混在する地方都市。僕はそこにある公立小学校で教師をしている。先生なんて呼ばれるのが照れくさいのは、僕のキャリアがまだ一年目だから仕方がない。
でも、一学期は散々だった。
僕は大学を卒業しても、これっぽっちも自分が大人になった気がしない。ましてやいきなり先生なんて言う大層な人間になれるはずもなく、それはかなづちの人間が水着に着替え、颯爽とプールに浸かった所で、決して泳げる様にならないのと同じだ。
僕はただ、いきなり北極から日本の動物園に運ばれて来た白熊みたいに、突然の環境変化におろおろとするばかりだった。いや、白熊の方が落ち着いている。僕は思わず心の中で、彼らの適応能力を尊敬してしまう。
それでも五年生のクラス担任となった僕が、教師一年目の一学期にやらかした事が数々ある。
僕の大学の友人にゴンタと言う奴がいる。ゴンタというのはSNS上での名前で、本名じゃない。とても優秀な医者のタマゴだから、研修医で経験を積んだ後に実家の大病院を継ぐ。
そして、このゴンタの趣味はコスプレだ。僕も彼に言われるがままにコスって、何度も一緒にイベントに出かけた事がある。
その日、僕は有給休暇を消化していて、ふと思った。
そうだ、子供達の大好きな「魔法少女☆マジカルるるん」のコスをして驚かせてあげよう。きっとみんな喜んで笑ってくれるはずだ。
そこでゴンタに連絡を取るとあいつも休みだったので、早速以前イベントでコスった衣裳を準備した。流石に学校では他の先生達に怒られそうだから、下校ルートに潜んで、僕達は子供達の前に「魔法少女、マジカルるるんだおぅぅぅ、るるんくりん!」と決めポーズで登場した。
そして通報された。
僕とゴンタは迫り来るパトカーのサイレンを聞いて、速攻で逃げた。万が一を考え、車のエンジンをかけっぱなしにしていたのは幸いだ。
焦りまくったが、どうにか逃げ切れた僕らは着替えを済まし、ファミレスで反省会を開いた。コス衣装は完璧だった。ミニスカにへそ出し、背中に背負う大きなリボンに、手足にチャーム的につけられたフリルも立体的に再現し、リアルで完璧に可愛いコスだった。ステッキだって特注だ。自信作だ。
ただ、僕もゴンタもラグビーをしていたので、少しガタイがいい。その上、顔を見られるとまずいから、バイク用で艶消しの黒いシンプソンのヘルメットを被って、一応アニメに忠実にお花の髪飾りも貼りつけたのだが、首から上は陽気なダースベイダーみたいな状態だった。
結論としてすね毛を剃るべきだったと僕らは納得した。
さて、次に僕がやらかした事。
僕の世代は周囲に結構キラキラネームが多かった。年配の先生方は「新学期は地獄だ、覚えるのが大変だ」、と嘆いていたが僕はあまり抵抗がなかった。
でもそんなに構える程でもなく、キラキラネームの子は少なかった。まぁ、いいかと思ったけど、その中で二人の子供がキラキラネームだった。
一人は竹田くん、その名前は「光面」と書いて「イケメン」と読ませる。竹田くんは少しというか割と丸々太っていて、でも顔の作りは可愛い。
もう一人は鈴木さん、その名前は「耳長」と書いて「うさぎ」と読ませる。鈴木さんは小学生ながら目力の強い子だけど、とても礼儀正しい。
僕は新学期に入ると、この二人から相談を受けた。
二人共、とても自分の名前が嫌で、4年生まで担任の先生に頼んで、普段は苗字で呼ぶ事を徹底して貰っていたらしい。
僕は基本的に受け持ちの子供達を下の名前で呼ぼうと決めていた。その方が親しみもあるし、生徒達がふざけて僕の下の名前を呼ぶのも許していた。そうやって先生と生徒と言う垣根をどけて、僕は一人の人間として彼らと付き合おうと思っていた。
だから、二人に相談を受けた時、「君達だけを苗字で呼ぶのは嫌だ」とはっきり言った。途端に二人共もの凄く絶望的な顔をしたけど、生徒を悲しませる僕じゃない。
僕は二人に「でも名前が嫌なら、オリジナルのあだ名にしよう!」と提案すると、とても喜んでくれた。話しを聞くと、二人共今まであだ名をつけられた事が無かったらしい。みんな気を遣って、呼び方は竹田くんと鈴木さんで終っていたのだ。
そこで三人で、あーでもない、こーでもない、と数時間かけて遂にあだ名が決まった。
竹田くんは、お母さんが博多の出身で、いつも作ってくれるもつ鍋が大好きだから「もつ鍋」。
鈴木さんは、すごくキチンとしているけど、実は空想が大好きで妖精に憧れているから「フェアリー」。
こうして新たに決まった二人のあだ名を、僕の担任する5年2組の公式採用として、翌日にのHRで発表した。すると他の子供達もきゃきゃ言って喜び「僕もしたい!」、「私も新しいあだ名が欲しい!」となり、「じゃあ、みんなで考えるかぁ!!!」と、とても盛り上がった。
そして僕は教頭先生に呼び出された。
聖職者たる人間が生徒をあだ名で呼ぶなど、差別につながる、コンプライアンスに抵触する、君は馬鹿なのか、私を困らせるな! と理由も聞かず頭ごなしに散々叱られた。
教頭先生はとても怖い。机に座り、手を顔の前で組み、シルバーとブラックが混じった細いフレームのメガネ越しに僕を鋭く睨む。少し薄くなった頭を6:4で分けて、年甲斐もなくツーブロックにしている。
僕は子供達がせっかく喜んでいるのにと抵抗して見たが、他所のクラスに示しがつかん、本当に馬鹿だ、君には呆れる、とさらに怒られた。
流石に僕も新米教師だから、ここは引き下がるしかなかった。
それで帰りのHRでクラスの子供達に正直に経緯を説明すると、みんな「先生、かわいそう」、「俺達、我慢するよぉ」と言ってくれて、思わず目が潤んだ。
そこで僕は全員を集めてひそひそ声で、「竹田くんと鈴木さんのあだ名は、絶対に公式採用したい、みんな協力してくれる?」とお願いした。すると全員一致で納得してくれて、これは僕ら5年2組だけの秘密となった。
ちなみにその後に少し悪のりして、怒りっぽい教頭先生のあだ名を、クラス内で「極悪ポンコツ湯沸かし器」と公式採用したのは内緒だ。
その他にも僕は短い1月期の間に散々やらかして、「極悪ポンコツ湯沸かし器」である教頭先生に散々叱られた。
クラスの机の並べ方を三人一組にして、教室の両端ではカーブを描き、授業中にみんなでわいわい仲良く連帯感をもって聞いて欲しかったのだが、「やめろ!」と言われた。
体育の授業で準備体操の時、無言で身体を動かすのが前々から不気味だったので、「おりゃー」とか「やー」とか、面白おかしく掛け声を生徒に出させていたら、「ふざんけるな!」と怒られた。
遠足の時に班分けをするのだけど、それぞれにリーダー、副リーダー、アタッカー、衛生係、補給係など遊びの役職を与えたら、「殺すぞ!」と怒られた。
まだ色々あるけど、とにかく僕が何かしようとすると、「極悪ポンコツ湯沸かし器」からチェックが入り、「何もするな!」と叱られる日々だった。
そして、僕は教師に向いてないのかなぁ、と悩む日々を送っていた6月のある日。
一学期も半分を越え、少し空梅雨気味な毎日だったけど、その日は重い曇り空からしとしとと雨が降っていた。
「先生」
突然小さな声に呼び止められ、振り返るとうちのクラスの美咲冬花がもじもじと立っていた。
見ると顔を真っ赤にして、そのままぷるぷる震える手で手紙を僕の方に真っ直ぐに差し出した。
「ん? 冬花、これは?」
「……、先生に」
冬花は僕の身体にグイっと押し付ける様にして手紙を渡し、一気に踵を返すと走り去って行った。
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