最終話 はじまりの話

長谷川はせがわ希里きり、昨日は悪かった」

「へ?」

「急に告白されて驚いただろう」

「はい……まあ……」


 やっぱり、昨日のことは夢でも幻でもなかったんだ。

 わたしが気まずそうに返事をすると、先輩は眉を下げて少しだけ寂しそうな笑顔を見せた。


「自分の気持ちがわかった途端、君にも早く言っておくほうがいいと思ったんだ」

「あの、綾小路あやのこうじ先輩はどうして……わたしを?」


 一番気になっていたことを聞いてみた。

 だって先輩のことかっこいいって言ってる子はいっぱいいるし。

 わざわざ校則破りの問題児なんて選ばなくても良さそうだし……。


「最初にかれたのは……多分、顔だ」

「え?」


 真剣なまなざしとは裏腹に、思ってもみなかった答えが返ってきて、わたしは思いっきり彼を睨んだ。

 呆れて言葉も出ないと思ってたら、珍しくそれを察したのか、先輩が話を続けた。


「入学式で君に会ってから、校内で君だけがどこにいても目に入った。会話がしたくなった。だから、多分最初から君にかれていたんだ」

「は、はあ……」


 え、最初から?

 だから廊下とかで会うといつも嫌味言われてたんだ。あれって、わたしと話したかったからだったんだ……。

 わたしは今まで構われていた原因がわかって、妙にその言葉に納得した。


「気持ちに気づいたのはつい数日前だ。なぜこんなにも君のことが気になるかわからず、三原みはらに相談した」

「ああっ、それでか!」


 そういうことか。

 さっきの三原みはら先輩の意味ありげな表情の意味もわかって、わたしはパッと目を見開いた。

 向かいに座っている綾小路あやのこうじ先輩が少し驚いたみたいで、瞬きを繰り返してる。


「それでだ、君の何が気になるのか、気に食わないという意味かと聞かれた」

「それで……?」


 わたしの問いかけに、先輩は一度頷いて話し始めた。


「生徒会補佐の仕事に文句を言わず参加して、一つ一つの仕事に手を抜かず、最後までやり遂げる真面目さに好感が持てると言った。それで、俺は君のことが好きだと自覚した」


 綾小路あやのこうじ先輩はわたしを見て、今度は優しい笑顔を浮かべた。

 どうしよう、嬉しい。


「制服のことだってそうだ。確かに校則違反だが君の言葉も一理ある。実際に毎日考えているものの、君を納得させるような答えが出てこない。すまない、なかなか話し合う時間も持てずに」

「いいえ。会長の仕事も忙しいのに、ちゃんと考えてくれて、ありがとうございます」


 両親も、先生たちも、クラスメイトも、わたしの校則破りをただのワガママだと思ってるのはわかってた。

 けど、いたんだ。

 ちゃんとわたしを見て、考えてくれる人が。


「そうやって、すぐに礼を言える素直さも君のいいところだ。長谷川はせがわ希里きり、俺は君のことが好きだよ」

「はい。あの……嬉しいんですけど、急で、まだそういうのよくわからなくて……」


 わたしは俯いて、正直な気持ちを話した。

 彼の目を見ることができなかったのは、もらった言葉が嬉しくて、恥ずかしくって、胸が熱く、苦しくなって、泣きそうになったから。

 もしかして、わたし……綾小路あやのこうじ先輩のこと、好きになりそうなのかな?


「まずは君に伝えて意識してもらうための告白だからな。ゆっくりでいい。俺は毎日でも告白するから、いつか返事をくれないか?」

「はい、わ、わかりました」


 頷いてからゆっくり顔を上げると、綾小路あやのこうじ先輩はさっきよりもにっこりと笑っている。

 すごく嬉しそうで、本当にわたしのことが好きなんだなって実感した。

 どうしよう、顔が熱い。


「他にもあるぞ、君のいいところ。校内でゴミを見つけたら拾うところや、体育の準備体操も手を抜かないところ、給食の食べ方が綺麗なところ……」

「ん? 先輩、ゴミはいいとして、体育も給食も一緒になることはないですよね? なんで知ってるんですか?」


 わたしの顔から、熱が引いていく。

 彼はふっと息を漏らして、得意げな顔を向けてきた。


「見ていたからに決まっているだろ。体育は俺の教室から授業が見えるからな。給食はここ一週間くらい、自分の食事を五分で済ませて君の教室を覗きに行っていた」

「……り」

「何か言ったか?」

「無理っ! それ、ストーカーみたいじゃんっ。あり得ない!!」


 わたしは机を強く手で叩きつけて立ち上がった。

 そして、呆気にとられている先輩を置いて帰り支度をして教室を出た。


「ま、待て、長谷川はせがわ希里きり!」


 先輩はわたしの名前を呼んでいたけど、振り返らずにまっすぐ玄関に走った。

 もう、さっき一瞬でも素敵って思った自分を叱りつけてやりたい。

 わたしのトキメキを返して欲しいよ。


 これがわたしと綾小路あやのこうじ先輩の始まりの話。

 わたしが恋に落ちるのか、彼が諦めるのか……。

 それはまだ、きっと誰にもわからない。

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まっすぐに前!〜大嫌いなはずの君だけが、ホントのわたしを見てくれた〜 松浦どれみ @doremi-m

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