第4話 彼って本当はいい人?

「ちょっと待ってください! わたし、嫌です。生徒会長補佐なんて……」

「う〜ん。まあ、そういうのは会長が来てから話そうか」


 顔をしかめて本気で嫌だっていうことを伝えるわたしに対して、三原みはら先輩は受け流すかのように笑っているだけ。

 なんて言えばいいのか必死に考えていたら、後ろから教室のドアが開く音が。


三原みはら、何の用だ? 今日は活動日ではないだろ?」

唯人ゆいと! 昼休みに話した補佐の件、彼女に伝えたところだったんだ」


 この澄み切ったテノールの声は……。

 彼は、わたしの前まで歩いてきて、こちらを振り向いた。


長谷川はせがわ希里きり、君か」

「あの、綾小路あやのこうじ先輩」

「なんだ?」


 綾小路あやのこうじ先輩が腰を曲げて、わたしの顔を覗き込んだ。

 わたし、断ろうとしているだけなんだから、そんなに見ないで〜。


「わたし、呼ばれたから来ただけで、補佐なんて無理です。お断りします!」

「それはできないよ、希里きりちゃん」


 向かいの席から三原みはら先輩が言った。


「君はさっき校則違反を認めた」

「けど、それは……」


 三原みはら先輩の視線が刺さる。さっきまでの柔らかい雰囲気がない。

 わたしは少しこの場にいることが恐くなってしまった。


「納得できないから?」

「そうです」

「それは君のわがままに聞こえるな。うちの学校を受験したのは君でしょう? どの学校に行くかは希里きりちゃんとご両親が話し合うことで、学校は関係ないよね?」


 三原みはら先輩はわたしから目を逸さなかった。

 彼の視線、それ以上に彼の言葉がわたしの心に突き刺さる。

 なんとなく、言いたいことはわかるけど……。

 彼はわたしに鋭い視線を向けたまま、話を続けた。


「なのに君はうちの学校に通いながら、校則違反を続けている。罰は受けないとね」

「…………」


 言い返すことができずに、わたしは唇を噛んで俯いた。

 三原みはら先輩のため息が聞こえる。


希里きりちゃん、本当に罰を与えるなら、停学でも退学でも方法はあるよ。けれど、先生方もそれは望んでいない。だから僕らに任せたんだ」

「はい……」


 わたしは、小さな声で返事をした。

 反論することができなかった。

 優しい言葉を選んでくれているみたいだけど、退学で脅されているような気がして、悲しくなった。

 わたしが『自分らしく』するのは、そんなにいけないことなの?


三原みはら、ここからは……俺が話してもいいか?」

「そうだね。希里きりちゃん、イジワルな言い方になってごめんね。オレは帰るよ。それじゃあ」

「ああ、明日な」


 そう言って三原みはら先輩は教室を出ていった。

 わたしは、挨拶さえできなかった。

 泣きそうになるのを必死に堪えていたから。


長谷川はせがわ希里きり、俺の話を聞いてくれるか?」


 綾小路あやのこうじ先輩が一度しゃがんで、目線を合わせてくる。

 わたしが小さく頷くと、先輩は椅子を持ってきてわたしの隣に座った。


三原みはらの話は理解できたか?」

「はい……」

「校内での活動なら掃除当番とかでも良かったのかもしれない。けれど、俺は君と校則について考える時間が欲しかった」

「考える時間?」


 わたしが顔を上げると、隣で先輩が笑っていた。

 控えめだけど、優しい笑顔。

 それを見ていたら、わたしの目に溜まっていた涙がスッと引いていった。


「そうだ。お互いに考えて校則について話し合うんだ。もし俺の説明で納得できたら君はそれを直す。君も意見していい。それで俺も賛成できたら、生徒会の意見として先生に校則の変更を求める」

「本当……ですか?」


 わたしの問いかけに、先輩はしっかりと頷いてくれた。


「ああ、約束しよう。長谷川はせがわ希里きり、俺の補佐をしてくれるか?」

「わかりました、わたし、生徒会長補佐やります!」


 わたしもしっかりと頷き返して返事をすると、綾小路あやのこうじ先輩はふんわりと、優しく目尻を下げて笑ってくれた。

 もしかして、彼って実はいい人なのかな?

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