歯車ヶ壱
石の廊下に響く軽い足音を捉え、マキャベリは赤子を抱えたまま安楽椅子から立ち上がった。窓もないこの部屋では昼も夜も分からなかったが、この足音の主は大概夜に部屋を訪れていた。
「ハーイ、元気ー?これ、当分のご飯ね。あれ?またやつれたんじゃない?赤ちゃんの栄養はお母さんから来るんだからねー?」
布袋を提げて部屋に入ってきたジキルはふにふにとマキャベリのお腹を触る。マキャベリは思い切り嫌な顔をする。
「まぁまぁ、そんな怖い顔せずにー。私達の仲じゃない。お互い、囚われの身だしね?」
「ええ、お互い役目を果たしましょう。私達は主役じゃありませんから……」
珍しく、冷徹な召使いは口を隠してクスクスと笑った。釣られて口の端を歪めたジキルだったが、唐突なノックの音に身を強張らせる。
「入っても大丈夫か?」
「ええ、ジキルと二人きりです」
「では、失礼する」
頭を下げながら部屋に入ってきたのは外套を纏った黒仮面の男だった。男はジキルと目が合うと深く頭を下げた。
「その節は世話になった。彼女に代わって感謝を述べよう」
初対面の男に頭を下げられたジキルはマキャベリに助けを求める。
「ジキル、彼は恩人です。彼が居なければ、今頃貴方は縛り首だったでしょう」
「そうなの?……何か、波長が合う気がしないわ。今夜はお暇するとしようかしら。またねー」
ジキルは気まずそうに部屋から出て行った。男とマキャベリは向かい合う。
「彼女は俺のことが嫌いなようです」
「……そうみたいですね」
「何故でしょうか……?」
「分かりません」
会話はうまく続かない。
「ですが、貴方が彼女の恩人であることには変わりありません。貴女が教えてくれなければこの子も、ジキル達も……」
仮面の男は気恥ずかしそうに腰に提げていた剣を撫でた。
「いえ、俺一人では何も出来ませんでした。マキャベリさんが俺を信じてくれたからこそ今、こうしてここに立てて居ます。今後ともお願いします」
「ええ、共に見届けるとしましょうか。この哀れな国の最期を」
マキャベリは差し出した男の大きな手をしっかりと握った。途端、赤子が目を覚ましそうになり、男は慌てて離れる。
「ふふ、よしよし。今は静かに眠りなさい。まだ貴方の出番ではないのよ」
マキャベリは再び安楽椅子に腰掛けた。男は静かに扉の前に立つ。
「また来てください、竜の人。役目が終わるその日まで、私はここに居ますから」
男は小さく頷いて、部屋から出て行った。再び静寂に包まれた部屋の中、安楽椅子が静かに揺れていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます