RE:START

「おいメビィ、どうしたんだこんな夜中に」


 目を擦りながらマスターは扉を開ける。昼間と服装が変わっていない辺り、どうやら明日の準備をしていたようだ。疲労の見える彼にメビウスは笑いかけた。


「実は人手を紹介したくてさ。来た時も忙しそうだったし」


 小首を傾げるマスターの前で、メビウスは静かに体を退けた。背の高い彼の体に隠されていたリューゼンが姿を現す。


「初めましてご主人様。私はリューゼン。メビウスさんからはとっても優しい人だって聞いてます!」


 髪を下ろし、あどけない笑みを見せるリューゼンにマスターの眠気も吹き飛ぶ。


「……ど、どうかな?」


 マスターは店の奥とリューゼンを交互に見て、拳を顎に当てた。人手不足が大変深刻なものになりつつある彼の店においてメビウスの申し出は猫の手どころでは無かった。


「いや、だけど一人増えたくらいじゃ……」

「そー言うと思ってた。ステラ!皆を連れて来て!」


 リューゼンが手を叩くのを合図にステラが奴隷達を連れて現れた。面食らったマスターはうなじに手を当てた。


「はは……参ったなこりゃあ。ありがとうメビウス。これでしばらくは落ち着けそうだ」


 リューゼンに絡み付かれながら、マスターは照れ隠しのようにポリポリと鼻を掻いた。




 少女達をマスターに預けたメビウスは一人で露店を巡っていた。どれもこれも店主の身に合わない、明らかに盗品といった品ばかり。暇つぶしにと眺めていたが、生憎彼の気分を落とすには十分だった。


 ステラに出会って、メビウスは改めて自分の無力を思い知った。未だ抜いたことのない剣の塚を握る。


「(僕は……本当に彼女と一緒に居ていいんだろうか)」


 サン・アルバートを知っているのはおそらく自分だけだろうという矜持もないことはない。だが、それ以前に目の裏に浮かんでくる今日一日の失態がそれを押しつぶしていた。


「メビウス」


 メビウスが振り向くと、布製の鞄を抱えたステラが心配そうに彼を見つめていた。これ以上彼女を心配させることのないようにと笑顔を作る。


「もう別れの挨拶は済んだ?僕はまだここら辺見てるけど……」


 ぶんぶんとステラは首を横に振る。彼女の事だ、きっと騒ぎが収まってから静かに抜け出したのだろうと推理する。


「ステラ、それは……?」


 ステラは胸に抱えていた布の鞄をメビウスに差し出した。


「これ、あの人から」


 鞄を開けると、乾燥食と水が圧縮されて入った小瓶、遠視の魔法が掛けられた筒、などなど、一般的に旅路において必要となる品々が詰められていた。「散歩してくる」と言って店を出たメビウスが戻ってこないことを、かの旧友は識っていたのだろう。


「(今はそっちでいっぱいいっぱいだろうに……)」


 あまりのお人好しさ加減に思わず口の端が緩み、だからこそ自分と長い付き合いにあるのだと気付いて声が漏れた。不自然な様子のメビウスを不審に思ったのか、ステラは訝しげな表情を見せた。


「ごめん、ちょっと考え事してた。……そうだ、街を出る前に準備を万端にしておきたいんだ。何か欲しいものがあれば教えてほしい」


 暫しの長考の後、ステラは露店の薄汚れた板の上に並べられていた指輪の前で身を屈めた。そういう意味ではないんだけど、と思いつつもメビウスはステラの隣にしゃがむ。


「これが欲しいの?」


 ステラが静かに頷く。顔を上げたメビウスに痩せ頬の店主はしわだらけの唇を開かずに黄ばんだ紙を持ち上げた。


「20000……」


 予想の二倍を超える値段に手が一瞬止まる。が、すぐに迷いを捨てて金貨を店主に手渡し、指輪を買い取った。


「ステラ、手を出して」


 ステラはメビウスに雪のように白い手を差し出す。メビウスはそっと、その手の上に指輪を置いた。




 ……これは、復讐と贖罪の物語。

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