召喚ーInteract・Magicー
蝋燭に火を灯し、薄暗闇の中で奴隷商は本日の収入を数えていた。金貨五枚。メビウスがステラを救うために支払った対価のみだった。
「はぁ……」
溜息が狭い部屋の中に消えていく。
格安で奴隷たちを仕入れてきたはいいが、一向に買い手は付かない。やはり金額相応のものだったというわけだ。
「……よし、明日まとめて売ろう。俺に奴隷商は無理だったってことか」
故郷に残してきた母のことを考えると、今にも声を上げて泣きそうになる。意気揚々と家を飛び出した日が昨日のことのように思えた。
感傷的な気分に浸る男の耳に何者かが扉をノックする音が飛び込んできた。小さく開いた隙間から外を覗くとそこには困り顔のメビウスが立っている。予想通りだ、と男は嗤った。
「おや、昼間の兄さんじゃないか。悪いが、返品は受け付けてないぜ」
「いえ……その、彼女が逃げ出してしまって……居場所に予想が付かないでしょうか」
ステラを買った時とは打って代わり、両手を組んでもじもじとするメビウスに奴隷商は口の端を歪める。ツキが回って来た、と。
「任せてくれ。
「はい、お願いします」
この男は
下手な正義感で反抗的な奴隷を買って、逃げられて。挙句の果てにこうして金を払ってまでそいつを探そうとしている。男は無様な青年を部屋に招き入れた。
「お願いします。絶対に彼女を逃したくないんです」
どうしてあの奴隷に対してそんなに執着心を燃やすのか。探知の魔法を刻み込んだ紙を広げながら、男は甚だ疑問に思っていた。
今思えば、あの女はどこかおかしかった。奴隷として引き渡される時は大人しかったのに、いざ売るだの借りられるだのされそうになると獣のように暴れ回る。お陰でまったく客は付かなかった。まるで、ここに居るために奴隷になったかの如く……。
先程まで白かった紙に地図が映し出される。その中でぽつりと赤い点が浮かび上がっている。
「どれどれ……あの奴隷の隠れ場所は
……俺の上?」
ガコッ、と男の後ろから音がした。音の正体を知るまでもなく、男は床に四肢を投げ出した。
「……まさかだけど、殺してないよね?」
ピクリとも動かない男を見てメビウスは震えた声で尋ねた。音もなく着地したステラは立ち上がって答える。
「しばらくは動かない」
メビウスが気絶した男をベッドに寝かせている間、ステラは男が保管していた紙を次々と破り捨てていった。これで、奴隷達の跡は追えない。
商人の小屋を出た二人は次いで奴隷達が居るテントを訪れる。ステラの顔を見た奴隷達はささやかな歓声を上げた。ステラは商人の部屋から奪ってきた鍵で次々と奴隷達を縛る鎖を解いた。
「流石、ステラってところね。短期間で他の子を指導して、協力者に買われるまで待つなんてさ」
「リューゼン、邪魔するの?」
ステラが睨むと、テントの入口に立つリュ―ゼンは呆れたように首を横に振った。
「いやいや、一体一でアンタに叶うわけないでしょ。それならアンタ達と一緒に自由になる方がよっぽど魅力的。先導は任せて。この街のことなら詳しいから」
自由になった奴隷達とリューゼンはメビウスの指示に従ってテントから出て行く。ステラによれば、ステラが買われる時を合図に一斉に脱走できるように訓練していたらしい。
「パテル、それ、置いていって」
ステラがパテルの持つ熊のぬいぐるみを掴んだ。まだ幼い少女は首を振る。この非常時にも手放さない程彼女の心の支えとなってきたものなのだろう。
「ステラ。時間も無いし、ぬいぐるみくらいなら持っていっても問題ないんじゃないかな?」
ステラは少しの間動きを止めて、ぬいぐるみから手を離す。パテルは笑顔で外に飛び出して行った。
ステラに睨まれて、メビウスは肩を落とす。彼女の考えもメビウスにはよく理解出来た。
「……ごめん。何か起きる前に早く彼女たちを連れて行こう」
ひとまず貧困街を抜けようと一行は夜の道を駆ける。ステラとメビウスはフードを被っているが、捕らえられていた彼女達は街中ではどうにも目立ってしまう。人目を避け、彼らは街の門から平野に出た。
カツカツ、ひたひたと、足音が平野に敷かれた石の街道に響く。
「皆さん、寒くないでしょうか……?」
奴隷達は首を横に振るが、メビウスにはどう見ても彼らが無理をしているように思えた。開けた夜の平野は、厚い布越しでも寒気を感じるほどだった。
「みんなお疲れ。もうすぐ門だよ」
十字のような形に発展した街の入口に置かれた四つの門。その右側の一つをリューゼンが指差す。
ようやく落ち着ける。と、安堵の息と共に市街へ入ろうとした彼らを松明の火が待ち構えていた。
「待ってたぜ、兄さん。慰謝料の用意は出来てるか?」
見るからにガラの悪い男達を連れ、奴隷商は満面の笑みを見せた。先頭に居たリューゼンは素早くメビウスの後ろに隠れる。
「げげ……言っておくけど、居場所教えたの私じゃないからね!」
「じゃあどうして……」
「……っ!」
ステラはパテルからぬいぐるみを奪い取る。そして背中の隙間へ強引に手をねじ込むと、綿の中から小さな機械を引き摺り出した。
「もしもの時の備えってのは大事だよなぁ!お前ら、優男の方は金を持ってる!やっちまえぃ!」
男達は下品な笑い声を上げながら迫ってくる。状況は最悪だった。平野では身の隠しようがない。奴隷達を護りながら戦うのはどうしたって不利だった。
「リューゼン、みんなをお願い」
ステラは無防備な奴隷達をリューゼンに任せ、男達に向けて駆け出した。威勢がいい、と男達は嗤う。だが……。
「なんだあの走り方……!?」
ステラの獣のような独特の走法を見て次々と顔色を変えた。そして、先頭に居た男とステラが接触する。
棍棒の大振りを一つ右に躱し、その勢いに乗せて腹を左脚で
「綺麗……」
パテルが呟いた。引力そのままに跳び膝蹴りを喰らわせたステラは舞うかの如く華麗に屈強な男達を蹂躙していく。奴隷達も、メビウスも、彼女から目を離せなかった。
しかし、その隙が彼女の足を止めてしまうこととなった。
「そこまでだ!止まりやがれ!」
男達に戦闘を任せていた商人はいつの間にかメビウスの背後に回り、彼の首にナイフを押し付けていた。
「しまった……!」
メビウスの首筋を嫌な汗が伝っていく。ステラは掴んでいた男から手を離し、両手を胸の前で合わせた。
「そう、それでいい。こいつを殺されたくなきゃそのまま膝を突け」
商人の指示通りに地面へ膝を突いたステラを、復活した男達が取り囲む。だが、彼女の鋭い双眸は男達ではなく、失意のメビウスを見ていた。
彼女はまだ、諦めていない。
「へへ……神様に助けてもらおうったってそうはいかないぜ。この世界に、神は、居ねぇよ」
両手を胸の前で組むステラの頭を男の一人が掴んだ。ステラは微動だにせず、目を瞑り息を吸う。
そう、それは祈りではなく、構えであった。
「(何だ、アレ……ステラの周りに紋様が……)」
勝利を確信した男達は、周囲に現れた幾つもの魔法陣に気付かない。メビウスは一瞬、魔法陣の奥に鋭い眼光を見た。
「……[来て]」
ステラの言葉を合図に魔法陣が煌々と輝いた。このタイミングでようやく男達も異変に気が付く。だが、時、既に遅し。
「ぐおっ!?」
人の大きさほどもある猪が魔法陣から飛び出し、ステラの頭を掴んでいた男へ突っ込んだ。
「な、なんだいきなり!?こいつらどっから湧いて来た!?」
驚愕の叫びに続いて、他の魔法陣からも猪が飛び出す。メビウスもすかさず商人からナイフを奪い取り、彼を前方へと投げ飛ばした。
「うわぁぁぁ!!」
猪達は一斉に街とは反対方向に商人と男達を巻き込みながら走っていく。
「おしまい」
立ち上がったステラが手を離すと共に魔法陣は闇夜に溶けていく。メビウスはステラが魔法を使ったことに驚いていた。
そもそも、魔法が使える者が限られているこの世界で、彼女の使用した魔法は書物にも記されていない特殊なものだった。
それが彼女の特異な生い立ちによって生み出されたものなのか、それ以外なのかは彼には判別がつかない。
「……行こう、みんな。この人達が起き上がってくる前に」
迷惑を掛けたことを謝ろうとするメビウスを無視してステラは街の入口に向かって歩き始める。謝罪のタイミングを失ったメビウスは歩いていく奴隷達の背中を眺めながら溜め息を吐いた。
これじゃあ、まだ駄目だ。彼女に恩返しをすることなど、まだ出来ない。
勇気の足りない自分に心底毒づきながら、メビウスも目的地、喫茶店を目指して歩き出す。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます